「逢いたい人に逢える。」




 扉の向こうに、現れたのは勇吹。



 カルノは蹴り上げた足を置いて、彼と向かい合った。
「・・な・・んだと。」
 今、なんて言ったと・・・けれども自問する前に、
 その勇吹の腕を掴んだ。
 振り向かせてはダメだ。
「・・カルノ?。」
 勇吹が不思議そうに、でも優しく微笑んだ。
 ・・・もうその正体は腑に落ちていた。
 誘導尋問の答えに疑問を投げかける前にこのトラップの呪いを解かなければならない。
「・・・トッペルゲンガーだろ。おまえ。」
「・・・。」
 笑顔が消える。
 カルノは扉の向こうに彼を押し戻した。
 勇吹は焦ったように叫んだ。
「助けてっ。」
 それは勇吹が使う言葉じゃない。
「・・・。」
 けれど、それが精霊自身の叫びだとわかった。
「だから言ってるだろ、俺の力じゃ出来ねーって。」
 尸解や精霊を正しく導けるのは。
「・・・。」
 カルノは扉に背をもたれさせ、閉めた。これで罠にはかからずにすんだことになる。
 このトラップは、逢いたい人が精霊に魂を吸われて死ぬ仕掛けであり、
 逢いたい人が死んでいれば、開けた奴が死ぬ仕掛けなのだ。
「(・・・死ぬとこだった・・。・・・。)」
 逢いたい人に逢える。
「・・・っ。」
 ドンッ右拳を扉に打ちつける。嘘だと心が叫ぶ。
 けれど更にそれを嘘だと打ち消す声がある。
 つき付けられた想い。
 逢いたい人が彼女じゃない。
「 (俺はどこまでイブキを?・・・。・・・。)」
 同列どころか、これでは・・・。
「・・・・。」

It regrets.

 ローゼリットは心配じゃなかった。彼女は強かったから。
 けれど勇吹は、ローゼリットとは違ったもっと別の力を持っていて、それは誰かに狙われやすいもので。
 守ろうと思うのは、
 身を守る術を知っていた彼女だって殺されてしまったから。
 そして、勇吹の傍には、俺が必要だって思うから。


It stops cold deportment..........It regrets.


 カルノは顔を上げた。
 失いたくなかったものを、失って気づく愚かしさをもう二度と。


 勇吹の傍に俺が必要だって、もう一度、心をかすめさす。
 奥の間に向って進み出でた。



 精霊が空間を捩って橋の扉とこの扉がつながれたここは、間取りからして中央伽藍の大広間。
 地図でも勇吹が囚われているだろう場所だ。
 そして、それは確かで、
 カルノはぐるっと辺りを見まわした。
 広間は既に200人近い男達が陽気を吸われて、倒れていた。辺りからうめき声が漏れる。
 谷底の奴らと同じように銀の糸が伸びる。
「・・・・。」
 四つ目は混じってはいないようだった。・・・いても俺と同じように平気でいるだろう。
 そういう兵器だから。
 用心しながらカルノは広間を横切り始めた。
「・・・。」
 時間を見る。だいぶショートカットさせてもらったので、レヴィの指定した時間まであと1時間ある。
 勇吹が暴走してなければ待つところだ。
 企みが行われているうちは四つ目は動かないからだ。
 けど事態がこうなった以上、四つ目が戻ってきて勇吹をどこか別の場所に隠す恐れがあった。
 早く勇吹を連れ出す必要がある。
 死屍累々を踏みながら、御簾を分けた。
 御簾の中は勇吹のあの芳香に満ちていた。
 仙女たちがいた。自分の魔の気に気づいて後づさった。
 ・・・もう慣れた反応だ。
「・・・。」
 寝台の透かし彫りの衝立てを退けやった。


「・・・・。」
 一瞬、言葉に詰まった。
 瞠目する。


 金の鳳冠。
 玉響の裳。
 


 勇吹は寝台の上に両手をついて端坐していた。
 伏目がちに虚ろを眺めて、いる。



 肌は透き通るような白さで・・・なのに、唇は淡く赤く。



 キレイな、モノ。


 気まぐれ、人間社会で暮らしてる、


 カルノは自分の前髪を梳き上げ、目を伏せた。


 神様。



 銀の糸が雫となり、勇吹の身の上でこぼれて弾ける。
 飾り立てられた蜘蛛のような勇吹は妖しいまでに美しかった。
 カルノはゆっくり勇吹の傍に近づいた。
 その黒い髪に触れ、指先を通す。
「(・・・・真っ直ぐ神様のところへ帰れ・・か。)」
 それは、あの夜、勇吹に向って呟いた言葉だ。
 結い上げられた髪が指の間を流れる。
「・・・。」
 それを緩慢な動作で絡み取って掴む。

   「   おまえの望みは?。  」

 囁く。


 頬に触れる。
「・・・う・・・つっ。」
 陽気を吸われた。腕が一瞬だらりと下がった。けれど拳を握り締め、再び開き頬に当てる。
「(・・・・・足りないのか・・・。)」
 ・・・きつくきつく・・・貪られる。
「・・・。(・・大丈夫、いつも、勇吹の傍で平気だっただろ、俺。)」
 自分自身に言い聞かせる。
 勇吹の傍にいても平気だった。勇吹の態度も言葉も、みんな気にならなかった。
 勇吹は俺を傷つけない。
 だからこれも同じこと。
「食いたいだけ食えよ。」
 体内の恒星は陰気を抱き込み安定した供給を続け始めた。
「・・・・。」
 勇吹の白かった頬が・・、首筋から肩にかけても、淡く赤みがましていく。
 カルノは深呼吸して息を整える。
「(・・・後は俺次第。)」
 その色はとても綺麗で。
「(・・・・一番、やばい。・・傍にいる俺が一番やばいんだよ。)」
 咽かえるほどの匂いは、傍にいると僅かに薫るだけで。
 今なら蜜の味を確かめられる。
 道士達には苦味だった。
 目を閉じる。
「わかってないだろ。」
 ぶつっと勇吹に掛かる全ての銀の糸が切れて落ちた。



 再び擬似視野の黒耀の深み。
 カルノは両手を伸ばす。この手が、この身が光であることはもう気づいた。
 暗闇で消えることのない光。
「・・・・。」
 深みに手を差し入れる。さし入れる深さのぶんだけ闇が消えていった。
 ダイヤの煌きに似た光を見つける・・・・・勇吹のその手を取った。
 そして左手で勇吹の首の後ろを支え、体をゆっくりすくい上げる。
 勇吹の目が薄ら開く。焦点が自分に合わせられる。
 微かに唇が動いて、俺の名前をつづる
「・・・・。」
 手を引かれていた。
 君の手だってすぐにわかった。
「・・・・。」
 勇吹は水の底から引き上げられるように目を覚ました。
 視界にカルノの襟筋があって赤い髪が見えて、肩にその腕の温もりがあって、息が眦にかかった。
「・・・。」
 ああ・・、と、嘆きに似た切なさがこみ上げる。
 思ったとおりに、カルノが助けに来てくれた。
 ・・・・・それがとても嬉しいのに、
 けど、泣きたくなるのは、
 カルノがいないとダメな自分が、
 カルノが好きな人とあまりにも違うから。
「大丈夫か・・?。」
 カルノは尋ねながら眦を押さえ視野を元に戻した。
「・・・・・・。」
 自分の傍にいても益などないから、手を離したのに、
 来ないでと思うのに、こうして突き放すことも出来ない。
 勇吹は目から溢れるものを押さえられなかった。
「・・イブキ?。」
 頬に触れた手に、温かく伝う。
 ・・・気づいて、カルノは勇吹の顔を見た。
 涙を湛えた目は、傷ついた色をしていた。
「・・・イブキ?。」



 その時だった。ガゴ・・ギィィと鈍い引きずるような音で、ホールの扉が開かれた。
 はっと二人とも振り返った。
 カルノは、苦々しくチッと舌を打った。
「(四つ目・・・。)」
 目つきが違う。
 その目は暗殺者のものだ。
 既に四つ目には指令が送られている。
「・・・ここにいろ。」
 行こうとした腕を、はっと勇吹は引っ張った。
「・・・・。殺すの?。」
 見抜かれる。
 沈黙は的中していることを勇吹に伝えた。
「カルノ・・。殺しは駄目だ。」
 言うと思った。
「・・。・・・おまえさ。簡単に無理言ってくれるよな。」
「・・・・。」
「言っとくけどな、殺しの方が断然楽なんだよ。ああいう手合いから逃げるには。」
「・・・・じゃあ、俺を助けないで、このまま逃げて。」
 くいっと腕を押した。
 この魂を、助けることも、
 殺してカルノを開放してやることも出来ない、まだ・・。
 まだこんな方法しか取れない。
「俺を助けたいなら、殺しは駄目だ。」
「あのなあ・・・・・・。・・・・。」
 無理難題を言ってくれる。勇吹は。
「わかった。」
 まるで試されているようだ。
 できなければ守る資格などないと。何度でもその手を離すのだと。
 カルノは剣を置いて皮のジャケットを脱ぎ捨てた。
 ついでに腰のベルトも外す。ナイフとウェスト、スリングショットが床にじゃらっと落ちた。
 むき出しになったホルスターの銃を確かめ、剣を拾った。
「カルノっ。」
 叫ぶ勇吹の顎をくいっと指先で持ち上げた。
「俺に、幸運と力を。」
         キスした
 そっと口吻る。