甘さが口いっぱいに広がった。
「・・・。」

 それを呑み込んで、ふいっと勇吹に背を向けた。
「ここで見てろ。」
 言って、軽く助走をつけ、剣を振りかぶった。


 御簾を・・・、
 叩き切った。



 陰気が流れ出る。
 四つ目が突進してきた。
「くそ、やっぱ、萎えてくんねーかっ。」
 エモノは青龍刀だ。銃は使わない。流れ弾が床に倒れている飼主の奴らに当たるからだ。
 律儀なことだ。
 カルノは駆け出して迎えうった。
 抜くはこちらも剣だ。
 振り上げ上方に構える。
 銃は・・・当たらないから使わない。確実に避けてくるだろう。
 鞘を捨て、青龍刀と刃を合わせた。
「・・・・。」
 キィンッ、と、甲高い音が響く。続けざまに四つ目は、刃を五度振り下ろしてきた。
「(指か、手首ねらい・・・。)」
 それは剣を落とすためだ。
 カルノは受け流し、スキを見て、念動力で弾き飛ばす。
「(くそ、やっぱ一振りが重い。)」
 受けているだけでもキツイ。
 間合い・・・、念動力を割ることができるからな。今は、うまくいったけど。
 四つ目は吹っ飛ばされた勢いを体を捻って殺し、着地する。
 カルノは鞘を拾い、一度剣を収める。
「・・・・。」
 親指で唇を一撫でした。
 いい昂揚感がこの身を包んでいた。
 負ける気がしない。
「(キス一回分、どれだけ保つかな。)」
 カルノは鞘を腰に当て、若干腰を落とし剣の柄を掴んだ。
 四つ目も剣を鞘に収めた。
「・・・。」
 無言の気合を叩きつけ合い、剣を交えた。
 同時四つ目は蹴りを繰り出す。鞘で払った。
 激しい応酬を繰り返す。
 分はどっちにある?。



 手が抜けないか手錠を引っ張ってみる。
 鎖だけでも切れないかと思う。
 けれど、びくともしなかった。
「・・・痛。」
 カルノは外していってはくれなかった。
 それどころか、見てろと、言う。
 劈くような刃の音が、響いた。
 勇吹は再び広間へ視線をやった。
 カルノが四つ目の青龍刀をふっ飛ばす。
 そして振り下ろした剣を四つ目は懐剣を左手で引き抜きすぐさま受ける。
「・・・・。」
 カルノの剣技は四つ目に見劣りしなかった。
 我流の部分が見え隠れするけど、相手の太刀筋を見抜いて効果的に技を返す。
 ・・・殺しなら、カルノはもっと強く立ちまわれるのだろうか。
「・・・。・・・う。」
 もう一度手を引っ張る。
 血がにじんだ。
「・・・。」
 短刀に持ちかえられ、間合いへの対応がやや遅れた。
 カルノは剣を下げ四つ目の短刀の刃が額寸前につき付けられた時、ホルスターから銃を抜いた。
 四つ目との間を広げるためだ。これ以上間合いが狭まれば、振りまわすのに一定の距離が入る長剣の自分の方が不利になる。
 眉間に向って放つ。
 四つ目は頭を横に倒して、そのまま突っ込んできた。
「チッ。」
 間合いを制された。
 右目の上を切られる。
 血が散って視界が狭まった。
 こちらがひるむのを見逃す奴じゃなかった。
 短刀が右手首に突き刺さる。
 剣が手から離れる。
 勢いそのままカルノの体を連れて四つ目は土壁に突き刺した。
「・・・カルノっ。」
 じゃりんっ、と鎖の音が生々しく聞こえた。
 自分を縛る音。何も出来ない無力な響き。
 四つ目はカルノの剣を拾い、振り下ろす。
「・・・セッ。」
 カルノはその刃を左足で払った。刃は壁に縫い付けられた右手に向い、下腕を切断させる。
 そして、跳ね起きて左手の銃を四つ目の喉元に突きつけた。
「・・・。」
 けれど、銃は確実に当たらなければ意味がない。弾数にも限りがある。
 四つ目が銃の威力に怖れるとは思えない。
 持つのは銃よりナイフの方がよかった。初歩ミスだ。
 弾を放つ。四つ目は間合いを譲らなかった。そして弾切れ・・・、カルノは胸を蹴られ、再び壁に背を打ちつけた。咽る。
 念動力を放つが四つ目はそれを左拳で叩き割った。
「カルノっ。」
 勢いそのままに突進し、切っ先を向けて、水平に引いた肘が突き動いた。



「くっ。」
 カルノは一瞬息が出来なかった。
「・・・・っ。」
 がきっと壁に剣が突き刺さった。音が全て消えたような気になった。
 切っ先を外した四つ目は目を剥いて凍り付いていた。
 カルノはハッと顔を上げた。
 額に目が現れていないが、この気配は既に四つ目のものじゃない。
「・・・すごい状況だね。」
「・・・。」
 レヴィだ。
 ・・・・・首皮一枚分、レヴィが早かった。
「・・・憎まれ口を、たたかないのかい。」
「・・。・・そんな余裕ねーよ。」
 まったくもってそのとおりで、二人して、はー・・と溜息をついた。
 カルノは首元に感じるひやりとした刃の感触を避けるように肩を落として、ずるずると壁にもたれる。
 時計を見やる。15分前。
 間一髪だったけれど、レヴィの洗脳は遅くはない、早過ぎるくらいだ。
 勇吹の方を振り向いた。
 これは、勇吹の幸運以外の何物でもないなと思ったりした。
「・・。」
「・・れ・・?。」
 レヴィの名前を呼ぼうにも声にならなかった。
 自分の、我侭のせいでカルノが死んだかもしれないのだ。
 でも。
 自分は間違ったことを言っていない。
「・・・イブキ?。」
 レヴィは四つ目の目で勇吹を振り仰いで、少し瞠目した。
 そして細める。
「・・。カルノ。あれはなんだ?。」
「イブキだよ。」
 カルノは言い切った。
 その物言いには訝しんだ痕があるけれど。
 レヴィは肩を竦めやる。
「・・。そうだね・・・、神ならあんなふうに泣いてくれないか。」
 カルノに近づいて、彼の左肘を掴み引っ張った。
 レヴィに手伝ってもらいながらカルノは起き上がる。
「これは治癒は無理だな。イブキに作ってもらうしかない。」
「ああ。」
「きちんとお願いするんだよ。」
「あ?。」
 レヴィは意味ありげな笑みを残して勇吹の方へ歩き出す。釈然としない表情のままカルノは後についた。
 衝立は吹っ飛び、仙女たちも片隅に隠れていた。
 寝台の傍に立つと、傷ついた色を残したまま見上げてきた。
 勇吹は黙然として謝らなかった。
 鎖を外すよりも先にその手を伸ばして、カルノの無くなった右腕に触れた。
 額が光る・・、涙を神霊眼の涙に変えた。
 上腕はぼやけ、血が止まり痛みが無くなっていく。
「・・・。」
 勇吹の両手首は血が止まらないでいた。
「・・・・。」
 切断した痛み、と、
 もげなかった痛み。
「・・・・(やべ・・。)」
 カルノはバツが悪い気持ちになった。
 なので、そのバツの悪さを隠すように嗜める。
「言っとくけど。俺のこれとおまえのそれは別物だからな。」
「俺、偽物を作ってるつもりないけど。」
「う・・・。」
 意見を退けられ、カルノは首をすくめた。
 きちんと頼めかよ・・、頼んだって怒られるんだよ。
「・・・。」
 ややあって眼差しを勇吹に落とした。
「チェ・・・。」
 口元に笑みを乗せて。カルノの表情が和らぐ。
 そう言ってくれる勇吹の声は、懐かしい声を包み込んだ。
「・・・。どこかまだ痛い所、ある?。」
「一応、ねえ。」
「そう・・。」
 勇吹は腕を復元して顔を上げ、カルノを真っ直ぐに見上げた。カルノも表情を戻して見つめ返す。
「助けてくれてありがとう。・・でももっと別の、戦い方があるよ。」
「・・・。」
 ここまで辿りつけるその戦闘能力を誉めるどころか物言いをつけるとは、ずいぶん手厳しいとレヴィは思った。が、「ん・・・。」とカルノは割りに素直に頷いた。
 カルノはその物言いを諒解したということだ。
「(馴れ合ってないなぁ。)」
 レヴィは、肩を落として感歎する。
 そして、手を伸ばして、じゃりんと勇吹の手枷を外した。