再び黄色い荒野。

 女達が荒野を走らせるトラックの上に、とん、とナギは左手をついた。
 そのまま平行して飛ぶ。


 ゴルドバヘと続く道をつっきっていく。
 自分たちを連れ去った男が自分たちを逃がしにきた。
 信じる信じないではない。牢にいても埒ないからついて行った。貨物用トラックに乗りこみ、運転席を自分が任された。男の指示に従い、洞窟を走った。
 そして、男は輸送路まで導くと、ゴルドバまでの方向と距離と掛かる時間を教えてくれた。
 信頼できる者を呼びつけてあるから保護してももらえるとのことだった。
 男は降りていった。かいつまんだ経緯を話し、自分にかまうなと言った。
「・・・・。」
 黄色い平原が方向感覚と距離感を狂わせる。
 どこまで走ったかわからなくなった。
 渡された腕時計と太陽の位置で方向を、ガソリンの量で距離を計る。


 町が見えた。


「?。」
 運転席の女は首をかしげた。方向はあっていた。が、到着予定時刻もガソリンもかなり余裕があった。


「ふーん。」
 ナギは女の思考を読みとって、屋根から手を離し、軽やかに飛んで、トラックを見送った。
「その要領の良さを自分に向けられればな。これだから人間は。」
 すねた口調で言いながらも、それでもその優しさを胸の中にしまう。
 役目を終えたので、ナギは再び距離を歪めマンションに帰ることにした。






 手枷を外れて、勇吹は寝台から降りた。
 体も頭もずっしりと重かった。
 髪飾りとこの服と、香の作用のせいだろう。
 痛みを覚えて頭を押さえると、レヴィが心配げに手を取って、顔を覗き込んできた。
「あまり大丈夫じゃなさそうだ。歩けるかい?。」
「なんとか・・。肩貸してもらえますか?。服、重くて。」
「いいよ。」
 この四つ目の体は強いので、このくらいの重さを支えるならなんてことない。
 抱え上げてもいいけれど、まあそれは勇吹のプライドが許さないだろう。
「・・・。」
 カルノはレヴィを見ていた。やや憮然としながら。
 自分はやっと慣れてきたのだ。この匂いに。とゆーかかなり今でも我慢している。
 なのにレヴィは香の作用がないように見えた。
「(どーゆー神経してやがんだよ・・・。)」
 ポーカーフェイスなら巧すぎる。
 それとも四つ目の姿だからか?。・・何か特殊な術でも施しているのか?。
 だったら自分にも施せと思うがそれを頼むのは嫌だった。
 レヴィは邪魔な髪飾りを外そうと触れる。
「ずいぶん飾り立てられたね。」
「鏡がないから、よくわかりません。着替えた時は意識飛ばしてました。・・・痛いです、レヴィさん。」
 髪が引きつれてしまう。
 複雑に地毛とつけ毛が絡み合っていた。その上で装飾が施されているので簡単に外せそうにない。お手上げといったふうに諸手をあげて、レヴィは勇吹に言った。
「このまま帰って姫にやってもらおう。」
「はい。」
 勇吹は頷いたが、カルノがその言に眉を寄せた。
「って・・四つ目を連れてくる気かよ。」
「んん?。ああ。」
 レヴィは肩をすくめやり、片目を瞑る。
「彼に施したいことがあってね。」
 さて、とレヴィは辺りを見まわした。
 広間にいる者達の種類を一応確認する。道士達に仙女。
 四つ目の記憶をさらってみると、この他にも尸解というゾンビや精霊がいるようだ。
「・・・。」
 道士達を裁き、尸解を地に還し、精霊を導き、仙女を仙界に返す。
 その面倒くささにレヴィはいささか溜息をついた。
 さしずめ東海三山に出向いてきてもらうのが妥当だろう。
 そうだ。向こうが自らで片をつけると大言を言ったのだ。
「(イブキが反乱分子を一掃してくれたのだから、それくらいしてもらわないと。)」
 レヴィは後始末を東海三山に押し付けることにした。
 などとつらつらと考えていると、ふと気配が天井から感じた。
 ハッと、レヴィとカルノは同時に、その力の来る方を仰ぎ見やった。


 くるりと光の円球が降りてくる。
 勇吹も気づいて見上げた。
 するとそれは彼に向って降りてくる。
 受け取るように勇吹は両手を差し出した。
 光はふわりと弾け、壷を抱えた少女が現れた。


 羽衣を軽やかに翻し、可愛らしい少女は勇吹の眼前の中空で停止した。
 仙女だ。
 それもかなり力の強い仙女だと、レヴィは見受けた。たぶんこの場に引き寄せられた仙女や飛天を連れ戻しに来たのだ。
 髪を分けて結い上げる劉海儿と呼ばれる今の勇吹と同じ髪型をした少女は一同に微笑して、そしてやおら勇吹を見上げた。
「火急ゆえ、手伝ってくださいませ。」
 そう言って壷を差し出す。
 差し出されるまま受け取るが、首をかしげている勇吹に、少女は理由を話した。
「この世界の気には様々なものが混じっていて、力無き仙人は、弱って死んでしまうのです。だから一刻も早く彼らを仙界に戻すため、どうかお力添えを。」
「素直に空気が悪いからって言えば?。」
 突然現れた少女に警戒心を顕わにしたまま、カルノがその物言いについて言い返す。
 勇吹は勇吹で、「宇宙とか海底で空気を吸えって言ったら無理だし、それと同じことかな」、とか考えていた。
 実にどうでもいい発想を退けて、勇吹は少女に尋ねた。
「俺の中に路を開けばいいの?。」
「はい。」
「いいよ。」
 引き受けて、勇吹は壷の胸の前まで持ち上げた。
 レヴィはおやおやと溜息をついて、肩を竦めやった。カルノに目配せをしようとして、彼は言われずともペンダントを首から外していた。
 カルノは、それを勇吹の首に掛けた。ペンダグラムを掌に乗せて再び囁く。
「・・・誰も近づけさせんじゃねーぞ。」
 恐ろしくドスのきいた声だった。
「・・カルノ、あのね・・。」
 ややあきれ声だ。寄りついても別にいいと言ったのはつい数時間前だ。
 無視して、カルノは踵を返した。
 勇吹はレヴィを振り向いた。
「安請合いして、すみません。」
 レヴィはその物言いがもっともで思わず苦笑いした。
「・・・まあ、成り行きだから。」
 言ってひらりと手を振り、カルノの後を追った。
 その肩に並び、尋ねる。
「どうした?。傍にいた方が守りやすいと思うけど?。」
「俺がいたんじゃ、仙女どもが来ねえだろうが。」
 そう言って、10メートルほど後方の壇上の奥の壁にもたれた。
 レヴィがそれに倣うと、嫌そうな顔をしてきた。
「付き合ってんじゃねぇよ。」
「しょうがないじゃないか。俺がいるとゾンビ辺りが嫌がって来ない。」
「あんた、最高司祭だろ。」
 今、勇吹がしようとしていることくらい出来るだろうと言う。
「かつてね。」
「・・・役立たず。」
「・・。」
 言葉を選んでくれと思う。が、カルノにそれを頼んだところで、直してくれはしないだろう。
 眉を寄せて天を仰ぐ。
 カルノは腕を組んで、前を見据える。
「なんだ・・。出来んの、やっぱイブキだけかよ。」
「うーんどうかな。出来る人は結構いるよ。」
「他で、まともなの見たことねぇ。」
「まともなのかい?。それはすごい。」
 たいして驚いているふうでもない言い方をした。
「けど実際この目で見るのは初めてだから俺なりに検分させてもらうとするよ。」
「・・・・。」
 勇吹が引き受けたのは導き手だ。
 東海三山を呼ぼうと思うほど、これを担うのは難しい。技術と精製された気と、何よりも導く者の心が肝要で、導かれる者の思いに導く者の心が揺れるようなことがあってはならないのだ。
 でも、勇吹は安請合いする。
 そしてもう本日などは既に二度目だ。夕方、隣市で、霊達に行くべき参道を示した。
 もっと言えば、その力は、あの病院で実証されてもいた。そう、勇吹は自分のせいで死んだ人達を自分で導いたのだ。
 ならば、仙女と尸解と精霊とで導き先が全然違うくらいわけない。
「(まとも・・・か。)」
 レヴィは一人ごちる。
 基礎も理論も飛び越えて、
 こんな高度なことを、てらいなく。
「あっそ。」
 カルノは淡白な返事をした。
 その後、ちらりと視線を寄越し、落とした声で問う。
「・・・・それより、わかってんだろ。」
 彼は静観しながら、けれどいつでも出れるように身構えていた。
 レヴィは視線を前方の二人にやった。・・・仙女の方を見る。
「・・・・まあね。・・・油断ならないが、俺と、君がいるしね。」
 大事にはならないだろうと呟いた。
「・・・。」




 やおら袖を翻して、勇吹は呟いた。
「おいで、おいで。神つ路においで。」