崑崙の女王





 風鐸を、魂の風が揺らす。





 勇吹は、清浄だ。
 だが、どこか魅了してやまない。

 その姿が、何かに似ていると思い、
 初唐シルクロード美術に行きつくのにそれほど時間はかからなかった。
 肢体は女性を模して、中性に描かれる。

 その実、艶を含み、くゆる。





 カルノの様子を見る。
 彼は指先で喉を弄っていた。
 肺に入ってくる薫りを、煩わしそうに。
 だが、目は勇吹をきちんと見ている。
「カルノ。もう一度聞くけど・・・。あれはなにに見える?。」
 熟れた肉塊か、
 高嶺の菩薩か、
「く・ど・い。」
 うっとうしげに答えた。
 レヴィは腕組して、苦笑いした。
 勇吹に目を向ける。
「俺も大丈夫だ。俺の視界にもまだ、イブキはイブキに見えるよ。」
 ちらっと、カルノが視線を向けたのを感じた。
「姫が言っていたんだけど・・イブキには一番がないんだって。イブキの一番も、イブキが一番も。」
「・・・・。」
「一番になれたらいいんだけどね。」
「・・・・。」
「俺達には無理だろう?。」
 一番の席はもう既に埋まってしまっている。
「イブキは、誰のものでもない。・・・同時にそれは孤独であるということだ。」
 レヴィは、切なげな眼差しをした。
「そして、それをイブキは知っているらしい。」
 深い溜息をついて結論付ける。
「イブキは俺達の手を取った。取ったということは離すことも出来るということだ。そして、これからも手を離すだろう。」
 手を離したのは、
 離させたのは、
「誰かのために生き残る理由がないから。」












    ソシテ、コノ子ハ、今ダ、自分ノ力ノ本質ヲ知ラズ








 レヴィとカルノは顔を上げた。
 仙女は勇吹の肩越しに浮かんで、彼に倣うように目を閉じていた。
 でも声は、直接、脳に響いた。




    本質ヲ・・正体ヲ知ッタ時、コノ子ハ自分ノ存在ヲ怖レルデショウ
    唯一無二ノ・・孤独ナ力




    本当ノ絶望ハ、コレカラ
















「・・・っ。」
 一気に間合いを詰め、カルノは仙女に掴みかかった。
 が、仙女は逆に仰のいて囁いた。





    「だから、傍にいてあげてね。」
      ・・・・・・・貴方ガ逢イタイ人ハ、誰?























 突然、体が後ろへもって行かれた。
 つかみ方に覚えがあったので、すぐにカルノだとわかった。
 勇吹は目を開けると、カルノと仙女が相対していた。
「・・・。」
 真摯な眼差しで仙女はカルノを見つめていた。
 見返して、カルノは問う。
「・・・・・・誰だ、おまえ。」
「私?。私は、王母娘娘。」
「・・。」
 カルノは目を見張った。
「ワンムーニャンニャン、だと。」
「ええ。」
「・・・・・。西の王がこんなことでしゃしゃりでてくんじゃねーよ。」
「後方に控えているだけが王ではないわ。」
 不敵に笑う。
「・・・・そうかよ。」
 カルノは呟いて、仙女から離れた。
 一触即発の緊張が解けた。
 勇吹はほっと安堵する。
「・・・つっ。」
 が、その瞬間眩暈がして、しゃがみこんだ。
「・・・っ、イブキっ。」
 レヴィの声がした。
「・・・。」
 感じていた気持ち悪さが、増している気がした。
 目覚めてからは収まっていた寒気も感じる。
 床に壷を置いて、それに手をかけて息を吐き出す。
 仙女の足が床について、カルノの脇をすり抜け、その手が肩に触れた。背を支えてくれる。
「・・・・。」
 彼女は他の仙女達を連れ戻しに来ただけだ。だが、心安く手伝ってくれた。
「すみません。ありがとうございます。」
 深く勇吹は頭を下げる。
「イブキ。」
 レヴィは顔を覗きこんだ。
「どうした。」
「・・・・吐き気が・・・酷くなってきて。」
「・・・。」
「香の禁断症状と、丹砂の中毒でしょう。」
 仙女は呟いた。
「丹砂?。」
 聞きなれない単語に勇吹は首をかしげた。
「丹砂は水銀のことです。香として薄まっていますが、人体に有害ですから・・。」
「・・あ・・。」
 香だけではない。得体の知れないものを飲まされてもいた。
 胸を押さえる。不安は隠せない。
 察するように仙女は明るく笑う。
 仙女はレヴィに勇吹の肩を預けた。
 ちょんとかしづいて掌に湯呑を出現させた。
「どうか、こちらを。」
「・・・?。」
 勇吹が首を傾げると、花がこぼれるように彼女は笑った。
「鳳凰の言葉を伝えます。私の巫女を助けてくれてありがとう。孔雀に頼んで薬を作ってもらったからどうか飲んでいただきたい。」
「・・・え?・・と。」
「孔雀は毒を吸いますから。」
 そっと差し出した。
「香の効果が消える際の禁断症状は正常な浄化作用なので抑えられませんが、体内に残る有害物質は消えます。」
 勇吹は受け取った。
「・・・・ありがとうございます。」
 神様達の配慮に感銘を受けつつ礼を言って、少量だったので一口で飲んだ。
 抹茶に似ていた。苦味のあとの、ほんのりとした甘味がおいしい。
「・・・。」
 カルノが、そんな簡単に飲むなよな、と呟いた。
「・・・・不老不死の薬でしたってことはないだろうな。」
「言ったとおりの薬。貴方が心配するようなことは起こらないから。」
 仙女はカルノを仰ぎ見やって、にこやかに付け足した。
「それとも、欲しい?。」
「いるか、ボケ。」
 カルノは目を細めて、語気を強めた。
「不老不死なんて、ろくなもんじゃねぇ。」
「・・・ふーん。」
 目を細め口元に笑みを残して仙女は再びカルノの前でトンと跳ねた。
 瞬間カルノは勇吹とレヴィに片方づつ腕をひっぱられた。
「だっ。」
 どてっ、と見事にカルノは尻餅をついた。
 レヴィは間に入り仙女の肩を押さえて、制する。
「西王母。ダメですよ。いくらおいしそうでも。」
「あら、存じ上げて?。」
 仙女は片目をすがめ肩をすくめた。
「・・・・。」
 カルノは口元を押さえて、睨みつける。
 キスを、しようとしたのだ。カルノの陽気を味見するために。
 仙女は楽しそうに満面の笑みを浮かべて、カルノの前にしゃがみこんだ。
「まあ、帰りの分の陽気くらいわけてくださいな。」
 言って、そっとカルノの右手を取って、キスした。
 カルノは憮然としたまま、そっぽを向いたが、しょうがないので抵抗はしなかった。
「・・・では。」
 と、仙女は傍から離れて、壷を小脇に抱えた。
 右足をひいて、深く拝す。
 勇吹への敬意だ。
「調伏の儀、お見事でした・・・。私は、これにて。」
 仙女は光球に包まれる。
 勇吹は会釈を返した。
 光球は来た時と同じようにゆっくりとした動きで、天蓋へと向かう。






 風鐸が響く。仙女の囁きにも似ていた。
 音色は砂漠を越えて遥か、崑崙へ。






 光の粒子が降る。
 そして微かな芳香が残った。とても甘く、艶やかなバラのような香りだった。












「帰ろう。」
 三人が立つ場に、レヴィはザッと転移の円陣を浮かばせた。
 左手を上げ、下げ降ろす。
 円柱の光が灯り、三人はその場から姿を消した。


 ・・・・どたどたっと複数の足音が響く。
 広間の大扉が開かれた。
 東海三山の手の者だった。
 彼らは息を飲んだ。
 ざっと見ても300人近い男達が倒れ臥している。
 統率者が、眉を寄せながら笑った。
「・・・どうやら、後の祭のようだ。」
 手を下した連中は容易に想像がついた。情報を流したのだから。
「・・・・。」
 だが、それからの動きが、迅速すぎる。
 つまりそのことは、圧倒的な質量の力をもって始末をした、ということのほかならない。
 少数ながら恐るべき組織だった。
 残り香を辿りながら、皆一同に溜息をつく。そして後始末をするべく持ち場についた。