抱きしめ続けている。
 あの想い、・・たくさんの心。





 黙らせていた思考が再発していた。
「・・・・。」
 部屋の中は外の街灯に照らされて、カーテン越しでも明るい。
 その窓辺にちらちらと蠢く影を無視し、カルノはトレーを机の上に置いた。
 勇吹を振り返る。
 彼はベットに突っ伏してうずくまっていた。
 寝てしまったのか、意識が混濁してるのか、気絶してるのか、反応がない。
「・・・・。」
 カルノはベットの傍に座り込んだ。
「・・・手を、離すからだ・・・ばーか。」
 言ってやりたくなったので呟いた。
 そして、ことん、とカルノは床にねっころがる。
「・・・。」
 雑音が酷かった。
 床から壁から、窓から、異次元の隔たりを這い上がる異形のモノ達の唸り声と、人の魂の囁き声がする。部屋もなんだかきしんでいた。
 勇吹がうめいた。
 雑音が体にこたえているのだろうか。
 カルノは寝返りをうって、ベッドの上に手を伸ばした。
「・・・・。」
 手探りで勇吹の左手を見つけ、つかんだ。
「・・・う・・っつ。」
 右腕一本分の陽気が再び吸い取られた。
 けれど離さずに、その左手がベッドサイドに垂れるように引っ張り、そこで左手に持ち替えた。
 そしてそこからも、輸血か何かのように陽気が吸い取られて行く。が、眠気を覚えるだけで、もう動揺しなかった。
「(明日は起きれねーな。)・・・・。」
 触れた指先で勇吹の指先を遊ぶ。
 ・・・・・・・・・・・・アイツモエーテルノ目狙ッテイルンダヨ
 一つが囁いた。
 ざわりと、化け物たちの間に嫌悪感が広がっていく。
「・・・いちいち、うるせえな。」
 いっそのこと俺のものにしてしまおうか。
 勇吹は俺には甘かったから大丈夫。
 カルノは目を閉じた。
 思っても・・・思うだけ。
 だから、思うままに任せた。




 抱きしめ続けている。
 あの想い、・・たくさんの心。


 まだ散ってしまわずにこの胸にあるから、
 だから、どうか、
 淋しがらないで。




 けれど、知ってる。
 彼女は夢にさえ出て来ない。






















 きつかった・・・。
 勇吹はうつ伏せになっていた状態から寝返り、仰向けになった。闇の中で目を開ける。
 胸から徐々に苦しさが引いていた。
 時折波が打ち寄せるように吐き気がこみ上げるが、峠は越したようだった。
「(麻薬なんか、絶対にやるもんか。)」
 自分から進んでやる奴の気がしれない。
 うー、とうめいて、勇吹は窮屈な襟をごそごそと広げやった。
 が、あまり窮屈さ加減は変わらなかった。それは当然で、幾重にも衣装を着ていて全身が絡み取られているような状態のせいだ。
 のろのろと体を起こした。
 起き上がった瞬間にも、吐き気は起きなかった。
 禁断症状は確実に収まってきているのだと思い、少し安心する。
「(・・・時間・・・3時半か。)」
 カーテンの隙間から差す街灯の薄明かりで、時計を見る。3時間くらいうめいていたのだろうか。
 机には水差し。ベットにはナギが用意してくれたナイトウエアが置かれていた。
「(・・・着替えよ。)」
 ナイトウエアを傍に手繰り寄せた。
 勇吹は重ねられた衣装から身を抜き、綿の単衣で体を拭いて、ナイトウエアに着替えた。
 重い衣装から解放され、乾いた服は体をいっそう楽にした。
「(よく眠れそう・・・。)」
 寝れてなかったから。
 ・・・そしてその訳である憂いももう解決していた。
 洗脳されていない四つ目が逃がした。
 ちゃんと自分は見た。闇に沈む前に。
「(・・・・何もかも見えた。・・・感じた。)」
 どう言うわけか。
「(・・・麻薬の効果だろうなぁ。)」
 そう結論付けた。
 水飲も・・・と、勇吹は汗をずいぶん吸った衣装の固まりを適当に丸めて床に捨てて、ベットを降りた。
 ぐに。
「?。」
 なんか、踏んだ ?。
 勇吹は足元を見る。
 そこには、カルノが、『床』で『毛布もかけず』に、横になって寝ていた。
 勇吹は彼のわき腹から足を上げた。
「・・・・・・・・・。なんで、そんなとこで寝てんだよう・・・。」
 沈黙のあと、勇吹は頭を抱えて思わずうめいた。
「(ばカルノ。・・人の気も知らないで・・・・・・あー、もう・・っ。・・・・。)」
 なんでいるんだよ。匂いでしんどいんじゃないのかよ。
 答えはすぐに出た。自分が怒ったからだ。
 カルノは結構律儀だから。
 勇吹は不貞腐れて頬杖をついた。
「・・・・・ばーか。」
 ルノ。
 再び、日本語で、ばカルノ呼ばわりする。
 踏みつけられてもカルノはぐっすり眠っているようだった。
 疲れたのだろう。あんな戦闘をしたのだ。
 勇吹はベッドから降りた。カルノの両脇に腕を差し入れ、ぐいっとベットの上に引っ張り上げた。
 横にしてやり、毛布を被せた。
「・・・。」
 自分を助けるために、・・・どれくらいの戦闘をしたのだろう。
 少なくともあの場に300人、他にも2・300人はいたのだ。
「・・・・カルノってば、強すぎるよ・・・・。」
 剣だって・・自分みたいに生半じゃない。
 そっと手を伸ばして、カルノの指先に、指先を絡めやった。
「(・・・・強すぎて、到底追いつけないよ。)」
 情けなさに脱力して勇吹はベットに倒れた。
 カルノの閉じた双眸を見つめる。





 でも・・・、
 胸の中で暴れまわっていた懐疑や虚勢や自嘲が、あとかたもなく消える。
 ・・・・彼が自分の元にいるという、ただそれだけで。





 カルノが何を抱えていようと・・・どう思っていようと関係なくなって、
 その歓喜に流される。
「・・・・・。」
 息がかかるほど近寄る。
 勇吹は目を閉じた。


 彼が傍にいて、こんなにも安心している。



 この安堵は、何物も凌駕する甘え。
 俺の強み。