カーテンの隙間から陽が差し込んでいた。
 部屋全体が明るくなっていて、勇吹は再び目覚めた。
 8時かっきりだった。いつもの習慣だろうか。普通の高校生からしたらかなり堕落しきった時間だが。
 体を起こす。・・吐き気はもう無かったが、やや気だるい。
「・・・。」
 カルノはぐっすり眠っていて、起こすのは悪そうだった。
 勇吹はベットから降りた。
 カーテンを開ける。もう寄り集まったものたちは消えていた。窓を開け、網戸にし、レースのカーテンを引いた。
 着替えを取ろうとして鏡に自分の姿が映った。
「・・・。」
 勇吹は絶句した。
 女にしかみえない。
 というより、両側の髪を梳かれて、シャギーになっているから、本当に生き写しにしか見えない。
「誰俺。」
 それ以外の言葉はなく、勇吹は溜息をついた。
 頭一つ振って、着替えをクローゼットから取り出した。
 風呂に入るためそれを持って部屋から出る。
「勇吹ー?。」
 かたんとキッチンからナギが顔を覗かせた。
「おはようございます。」
「おっはー。・・・・どうだ気分は。」
「だいぶ良くなりました。」
「無理すんな。シャワー浴びて、朝ご飯食べて、また寝なおすんだな。」
「そうします。」
 答えて浴室に入った。洗濯物が溜まっていたので着ている物もつっこんで洗濯機をONにする。
 お湯を溜めて、その間に髪を洗って、少しのんびり湯に浸かった。
 一時間程の長風呂から出ると、ナギのあきれた声がした。
「長かったな・・・。部屋の掃除、済んでしまったぞ。」
「髪が洗いにくくて。ハサミあれば切ったんだけど。・・・部屋すみません。あ・・、カルノ寝てたんじゃないですか?。」
「適当に浮かせてちゃちゃっとな。それにカルノの部屋は一応客間なんで、客が寝てるしな。」
「え・・、ああ、四つ目?。って名前なんて言うんですか、あの人。」
「ロンライというそうだ。龍と雷と書いて。」
「それって姓名ですか?、名前だけですか?。」
「姓名だ。」
「ロンさんかぁ。」
「ロンライでいいと思うぞ。チャイニーズは姓名で呼び合うことも多い。」
「あ、そうなんだ。」
 ナギは勇吹をダイニングに促した。
 レヴィはまだ休んでいるようだった。
「奴に掛けられていた暗示は全てレヴィが解いた。それにとり憑かれ癖もな。・・牛乳にするか?、オレンジジュースにするか?。」
 手伝おうとする勇吹に座ってろと言い、尋ねる。
「オレンジジュースお願いします。」
 勇吹はオレンジジュースを受け取って大人しくテーブルについた。
「とり憑かれ癖は気の流れを弄った。目が覚めたらその流れを維持するように奴に言うことにしている。」
「へぇ・・・。」
 ナギはヨーグルトとブルーベリージャムをテーブルに置いた。
「やっぱり、レヴィさんすごいなぁ。」
「おまえだって相当すごかったんだぞ。」
「意識の無いところですごかったって全然すごくないですよ。」
 少々つっけんどに答えた。ヨーグルトをすくう。
 ジャムの甘酸っぱさが体に浸透して行く。
「そりゃまそうだが。はっきりいうなぁ。おまえ。」
「・・・・強くなりたいです。」
 上目づかいに見上げられて、ナギは困ったように笑った。
「うーん。・・・。まあ、そうだな。」
 一応の肯定するが、歯切れの悪い答え方になった。
 ナギはトーストとマーガリンと蜂蜜をテーブルに乗せた。
「でもね。私が思ってるのはね。・・・いやレヴィもカルノもだろうけれど。」
 エプロンを外してコーヒーを取って、勇吹の真ん前の椅子に腰を下ろして頬肘をついた。
「おまえはそのままの方がいいな。」
「・・・?。」
 よくわからなくて首をかしげても、ナギは優しく笑うだけ。
 おはようと、レヴィが起き出してきた。
 話し声とコーヒーとトーストの匂い。
 朝の香りだった。
 あの甘い匂いはもうしない。














 遠き日の夢






 波の音がした。
「(・・・ああ。)」
 目を開ける。
 すると真っ青な海と空と、白い町並みが目に飛び込んできた。
 カルノはエントランスにたたずんでいる。

 ああ・・・、あの夢。
 俺がよく知ってるっていう夢だ。


 カルノは足元の芝に目をやって、この先を見ずに起きようと思った。
 あの日の夢。
 子供が泣いてて、家族を捜し歩いていて・・・。
 もうこの結末を自分の記憶として甦らせているから、長居は無用だった。

 ザッ・・・ァ―――ン。
 遠く波が砕ける音。
「・・・・。」
 静かだった。
 聞こえるのは波の音だけだった。
「・・・・?。」
 かつての夢に、違和感を覚えた。
 なにより子供の泣き声がしなかった。
 カルノは顔を上げた。
 そうだ。建物が壊れていない。
 辺りを見まわして、カルノは通路を歩いた。
「(・・・直されてる。)」
 よく見ると破壊の痕跡はあるが・・・・丁寧に直されていた。
 不信に思って注意深く歩いて行った。
 この先にはプールがあるはずだった。
 角を曲がった。
 カルノは微かに息を呑んだ。
「・・・・。」
 透明な水が張られたプールサイド。
 それだけでも驚きだったのに、
「・・・・・・。」
 横髪を後ろで束ねただけの長い黒髪、
 白いサマードレス、
 素足の横に白いスニーカーが無造作に落ちていて、
 通路の柱に凭れていた彼女の横顔は、勇吹だった
 思考回路が急ブレーキをかけて停止した。
「―――。」
 とりあえず、復旧。
「(・・・・イブキ?。)」
 なんでこんなところにいるんだろう。
 これは夢だ!、と決めつけたら、純粋に気になった。
 虚ろな勇吹の表情が気になった。
 淋しそうで、
 辛いのを堪えているようで。
 涙を湛えた目は、傷ついた色をしていた。
 カルノはそのまま黙り込んで・・・待った。
 勇吹が気づくのを・・振り向くのを。
 ふいに風が吹いて勇吹が髪を押さえる。
 視界に俺が入った。
 勇吹が瞠目した。
「・・・。・・。」
 カルノは勇吹に向って歩き出した。
 凍りついたように動かなくなってしまった勇吹の前に立つ。
 背丈は同じくらいで、
「・・・カルノ・・・。」
 声は少し高めだった。
 頷くと、勇吹は髪を押さえながら、笑う。が、涙がこぼれたので慌ててそれを拭って、苦笑いした。
「・・・・。」
 ふいに思い出す。
 淋しそうだったんだ。
「・・・・イブキ。」
 名前を呼んだ。少し緊張したように勇吹がこちらを見上げる。
 手を伸ばして、笑顔にはぐらかされないように抱きしめた。
 勇吹は息を呑んだようだった。
 けれどそっと掌を後頭部に当ててやると、ふっと・・強張りを解いた。
 肩に頬が寄せられる。
「・・・・。」
 嬉しそうに縋りつくから、
 愛しくなって腕に力を込めた。








 ザッ・・・・ァ―――ン・・・・。
 波の音が、遠のいて・・・・車が通りすぎる音に変わった。
 白いレースのカーテンが午後の日差しを受けて、柔らかく揺れていた。
 カルノはまだ余韻を感じていた。
「(・・・・・夢。)」
 懐かしい家。
 そこにはしかし、新しい佇まいがあった。
「・・・。」
 傍らに呼吸を感じて首を倒した。
「っ!?。」
 カルノは目を見張った。
 勇吹が傍に寝ていた。
「え・・と・・・。・・え?。」
 起きあがって思わずうろたえる。
 夢の続きかと錯覚に陥った。
「・・・。」
 生々しい温もりが夢からの回帰を困難にしていた。
 あのシーンの続きなら・・・・・抱きしめて、・・求めて、いかせてくれるとこまで。
 自身の手の早さに恐々としながら、・・身なりを見る。
 昨日寝たときと変わりは無かった。
「・・・・・。」
 カルノは深い溜息とともに湧き起こるバツの悪さに顔面に手を当てた。そして髪をかきあげる。
 横目に見る。勇吹は午後の昼寝といわんばかりにすかーと気持ちよさそうに寝ていた。
「・・・・・おまえがそんなまぎらわしい頭をいつまでもしてっから、こんな夢をみるんだ。」
 ぺしっとはたく。
 髪は長いまま後ろに束ねられているだけだたった。
「あーあ。」
 脱力してカルノはベットに再び倒れ込んだ。
 何度目かの溜息をつく。
 香の効果にしても、頭のどこに入ってたんだという夢だった。
 あんな妄想、勇吹に悪すぎる。
「あーもー・・・。」
 頭を抱えた。





「こんな簡単に触れられるのかよ。・・・・・俺。」
 触れたいものに。
「・・・・。」
 カルノは眉を寄せ、眦に拳を当てた。
 思考と行動が大違いでげんなりする。
「・・・・くそ・・。」
 ・・・・・なんだか、いろいろ、自分が悪く思えてきた。
 傷ついた目をさせたのも。してたのも。






 明日、起きたら勇吹に謝ろうと思った。