老兵は死なず・・





 朝食を終えてから休む前に、勇吹は電話をかけた。
 市倉代議士の事務所の電話番号しか知らなかったので、そこにかけた。
「・・・・。」
 4回のコールののち受話器が上げられた。
  「こちら市倉市政相談事務所・・。」
 男の人の声だった。
「・・・敷島勇吹と申します。朝早くに電話してすみません。」
 名前を名乗った。和樹は全部知っていたのだ。レヴィに聞いた。
「和樹君に・・・・。」
 素性が知れ渡っていて、途中で切られないように丁寧に言葉を続けて行く。
「・・伝言をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?。」
  「・・・無事なのか?。」
 唐突に電話の相手に尋ねられた。
「え・・・。」
  「無事なのかと聞いている。」
「え・・・あ・・はい。・・・・あの、・・市倉先生ご自身ですか?。」
  「・・そうだ。・・無事なら・・明日の1時に学校に来なさい。いいね。」
「・・でも・・あの。これ以上は迷惑ですから。」
  「来なさい。姿を見るまでは安心できないものだ。」
「・・・・わかりました。」
  「明日は文化祭の後片付けの短縮だ。剣道場はわかるね。そこで待っていなさい。」
「・・・・はい。」
  「無事で何よりだ。」
「ご心配おかけしました。・・・・失礼いたします。」
 一方的な話だが、一応、丁寧に電話を切る。
 ごとっと受話器を置きながら、ああもう・・と脱力した。
 なんて・・・・似た者親子だ。
「(これだから、政治家って奴は。)」
 関わり合いになったら、節度はあるだろうが、一生ついて回りそうな連中だ。
 強かで、
 手強くて、
「・・・・。」
 マニフェストとか言わずに、公約をちゃんと言えよ、とか、ついでに釘刺しとこうかな。
 いろいろ思いつつ電話台を離れた。






 龍雷は、深い眠りから目を覚ました。
「・・・・(生きている。)」
 と、まず思った。そして、
「(・・・そうか。また、生き延びれたんだな。)」
 と。
 レースのカーテンの遮光は柔らかく、窓は開いていて、春の風が頬を撫でていく。
 穏やかな空間に、いつもの目覚めとだいぶ異なると思った。
 そして、脳裏に残されている、『声』が、あの後の経緯を語り、この状態が拘束でないことを告げる。
「(まさか・・・助けてくれるとは思わなかったな。)」
 それどころか、軍の最高機密であるコードを全て除去し、鍼灸で気の流れを変えて、とり憑かれないようにもしてくれた。
 自分は彼らに放たれた刺客だったというのに。
 ふっと表情を和ませた。
 救うための力で圧倒的な力を行使する奴らが、世の中にいたんだなと思った。
 自分が優位に立てるような力の使い方しかしない奴らばかりだったから、そんなことは絵空事だった。
 何時だ・・?、と思い、身を起こそうとした。が、軽くうめき龍雷はベットに沈んだ。筋肉が悲鳴を上げていた。
 気の流れをいじったせいだろう。
 部屋に時計は見当たらなかった。小物の類からしてあの赤毛の方の趣味のようなので、ははあ、ないかもしれないな、と思いつつ部屋を譲ってくれたのかと考えたりした。
 体内時計は狂っていたので、龍雷は窓の外を見た。曜日感覚は戻ってこないが、太陽の位置で11時ぐらいだろうと思った。
「・・・・。」
 北魁の誰かに『侵入者の排除』とコードが打たれて、電源を切るように理性が落ちた。
 しかし記憶は残っている。いつも。
 それが・・・・、
 カルノ・グィノーに、切っ先を突き出すその刹那、
 まるでウィルスにプログラムが書き替えられるように、精神を侵略された。
 体内時計が狂わされるほど、意識を封じ込められ、完全に乗っ取られた。
「(あそこまで緻密に憑依されると、嫌悪感もないな。)」
 自由自在のその強さに感心してしまう。そんなことばかりつらつらと考える。
 実のところ、今こうして自由になったことに関してはあまり感慨がわいてこなかった。
 いつか助かる・・・そんな望みすらついえて、随分経っていた。
 ほどよい筋肉痛がまどろみに龍雷を誘う。目を閉じた。
 こんな眠りなど、もう思い出せないほどの過去にしかない。
「・・・・。」
 目蓋の裏に記憶が途切れる前の戦闘が焼きついていて、
 龍雷は馳せるように溜息をついた。
「(・・・よかった。)」
 カルノ・グィノーを殺してなくて、と、
 心底思った。
「(自分が殺されるだけじゃすまなそうだ。)・・・・。」
 その時だった。かたんと音がした。
 戸が開かれて、誰か入ってくる。気配で敷島勇吹とわかった。
 彼がそろ・・っと、部屋の中に入ってきた。
「カルノってば、もう、布団くらい自分で持ってこいよな。」
 小さな声だったが、この耳はよく聞こえるように訓練されてるので聞こえた。
 押入れを開けて毛布を引っ張り出し、次に、机の引出しをごとごと開け始めた。
 龍雷は目を開けてそちらを向いた。机には洋服が乗っていた。
 メモとペンを探しあぐねているようなので声をかけることにした。
「・・・・着替えか?。」
 日本語で尋ねる。
「え・・・あ、起こしちゃいました?。すみません。はい。これ、ここに置いておきますから。」
「ありがとう。」
「もう少し寝てたほうがいいそうですよ。寒くないですか?。」
 出した布団を見せる。
「いや、いい。ちょうどいい。」
「わかりました。おやすみなさい。」
「・・・・。」
 彼を見送って、不思議な感覚を味わう。
 戸惑いに似た感覚だ。
 あの世界を滅ぼすような冷徹さをはらんだ少年は、彼なのに、
 やはりどうしても普通の少年だった。
 そもそも上海で見かけた時、神霊眼とすぐに符丁が合わなかったくらいだ。赤毛はすぐにカルノ・グィノーとわかったが。
 ・・・レヴィ・ディブランの元、属したと聞いていたから、保護を受けてるだろうと思っていた。その辺をフラフラしてるなんて少々想像し難い。
「(得たものに無限の力を約束する・・宝石が。)」
 レヴィ・ディブランが自由にさせているのだろう・・・が、おそらく本人が相当に鈍いから外に出れるのだ。
「(守る方は大変だ。)」
 筋肉痛のまどろみに、軽い同情と脱力感を加えて、盛大に龍雷は溜息をついた。