午睡の翌日




 カルノは寝返りを打った。
「・・・・・。」
 いい加減惰眠になっていた。
 妙に眠たいのは香のせいじゃなくて、
 勇吹の部屋が居心地がいいせい。
 だらだらと寝ていたい。そんな気分にさせられる。
「(でもそろそろ怒られるな。)」
 その部屋主に。
 ・・・・案の定、
 勇吹が部屋の中に入ってくる。奥まで進んで、シャッとカーテンを開けた。
 眩しい午前の陽射が目蓋に突きささる。
「カルノ。起きないの?。」
「・・・。」
 目を開けると、陽射を遮って髪の短い勇吹がこちらを覗き込んできた。




「・・・・。」
 北野台高校に出かける前に起こして行こうと、勇吹は、窓のカーテンを開け放った。
「カルノ。起きないの」
 溜息混じりに呟いて、カルノの顔を覗き込んだ。
 半目が開いて、んー、と声がした。
 起きてたらしい。が、起きる気になっていないらしい。
「こらこらこら。」
 勇吹はベットに座ってカルノの肩を揺り動かした。
「・・・・。」
 カルノは寝返りを打った。勇吹と再び視線が合う。
「朝ご飯食べる?。」
「・・・・食う。」
 観念して、応えた。
「うー・・・・・。」
 だるそうに起き上がり、頭を掻いた。
 しんどいのは、香のせいでも疲れのせいでもなく、お腹がすき過ぎているからだ。
 香の効果などとうに失せ、疲れも元々たいしたこと無い。
「・・・・。」
 上着は脱がされていたが普段着のまま寝たので体がボキボキと唸った。
 あくびを噛み殺しながら、のそのそとシャツを脱ぐ。
 勇吹が部屋の戸を開けて、ナギに向って叫んでいる。
「ナギさーん。カルノ、起きましたー。」
「おー、じゃあそっちにご飯持っていくから。」
「わかりました。」
 などとやり取りが交わされる。
 寝ぼけて頭を掻きながらその様子を眺めやっていると、
 しんどそうにしているように見えたらしかった。
 勇吹が振りかえって心配げに見る。
 ベットまで戻ってきて、尋ねられた。
「・・・・カルノさ。まだ、俺の傍にいるのしんどい?。」
 さあな。
「・・・・。・・・別に。誰から聞いた?。」
「ナギさん。」
「・・。早く説明しろってんだ。おかげで俺はおまえに怒られたんだ。」
 そう答えると、勇吹は苦笑いしながら応えた。
「うん、傍にいて欲しかったから怒った。」
「・・・。」
 それなのに、傍にいなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
 カルノは、呟いた。
「悪かったな。」
 I’m Reary Sorry.
 最初離れたこととか、和沙の事とか、・・・四つ目の接近がわかってたのに、傍から離れたとか。
「・・・・。」
 勇吹は瞠目した・・・・が、スウッと、憮然とする。
「キスしたこと?。」

 間。

 意図の無いところで意味を取られて、こいつはっ、と思う。
「違げえよ。」
 カルノは振り向いて、くわっと言い返した。
 が・・、・・そりゃ違くはないだろうと思われた。
「(つーかそれやっぱり根に持ってやがんのかよ。)」
 あれは自分からすればついでの冗談に近い。
「・・・・。」
 爆睡の中途で見た夢の方がよっぽど、性質が悪かった。思い出すと勇吹が直視できなくなるので、一生懸命追い払う。
「・・・・・。そ・・。ならいいや。」
「・・・・。」
 勇吹が呟いたが、
 最初何を言われたのかわからなかった。
「・・・・。」
 再び思考が混乱で停止する。
 勇吹は立ち上がって、ナギが持ってくるトレーの起き場所を作り始めた。
「・・・・・・は?。」
 復旧に時間がかかりながらも振り返った。
 その言葉は・・・・、キスしてもいいとしか取れない。
 カルノは、勇吹の腕をぐいっと引っ張った。

 午睡の彼女と勇吹が重なった。

「え・・。」
 倒れ込んでくるところに近づいて、
 夢を見ているような気持ちで、勇吹の右頬に手を伸ばす。
 そして息を飲む間も与えずに、キスした。
「っ・・。」
 体が凍りついたように固まったのがわかる。
 ・・・けれど、離れなかった。
「・・・・ん。」
 目蓋を伏せ・・、瞑る。
 微かに震えながら、僅かに仰のいたような気がした。
 思うところがあるの?。
 夢の続きをしている気に・・・なってカルノは目を閉じた。
「・・・・。」
 それなら、求めて・・・いかせてくれるところまで。
 もう片方の手も頬に当てた。包み込んで深くくちづける。
「・・ん。」
 勇吹の手が胸を押してきた。
 流石に嫌みたいだった。キスから少しだけ解放する。
 勇吹が大きく息を吸った。刹那、その背をベットへと倒した。
「・・・・っっ。」
 目を見開いて、・・押しつけられる感触に勇吹は再び目を閉じる。
 唇から首筋に触れ、うなじに顔をうずめた。
「・・・・・。」
 あの甘い匂いはもうしない。変わりに勇吹の匂いがする。
 この部屋が居心地いい理由。
 カルノは肺一杯に吸い込んだ。
 薬香よりも
 こっち方がいいと思った。





「・・カルノっ。」
「・・・だっ。」
 勢いのまま、ベルトの内側に収められたシャツを引き抜こうとして、逆に右腕をつかまれて脚で左肩を蹴り倒された。柔道の寝技から出る要領で勇吹はカルノの下から這い上がる。
 更に起き上がりざま、ばこっと勇吹はカルノの後頭部を殴った。
 白昼夢から目覚めさせられる。
「いってえなー。」
「何考えてんだ、ばかっ。」
 それは自分ですら想像しがたいものがあるのだが。
「・・やらしてくれんのかと思った。」
「誰がっ。」
「・・・・。」
 カルノは殴られたところをさすりながら憮然とする。
 んなにはっきり断らなくてもいいだろうと、思う。
 勇吹ならいいやとか思っている自分が馬鹿みたいである。
 とゆうか馬鹿なのか。


 が、
「(あ・・。)」
 思い立ってもう一度カルノは勇吹に身を寄せた。
 今度こそ勇吹は体を引かせたが、追いかけて近づく。

「『もう半分』は違うんだろ。」

 あの時、首に巻きつけられた腕は、
 肩を抱き締めても、いたんだろう?。

 ほら、たぶん当たってる。
「カ・・・っ。」
 怒ったのか照れたのか知らないが、勇吹の顔が上気した。
「・・・。・・ははっ」
 気づけたことに嬉しくなってカルノは破顔した。お腹を抱えて笑う。
 こんなに都合よく考えられる奴だったっけ。
「・・・・カルノ。」
 勇吹は、らしくない、しどろもどろで怒鳴った。
「・・そ・・れとこれとは話が別だっ。」
 ばふっと枕が顔面に当たった。
 羽根が舞った。




 怒って、勇吹は部屋から出て行ってしまった。入れ違いにナギが入ってくる。
「・・・カルノ。おまえな・・、中毒の時、我慢できて感心してたんだがな、平時で流されてどうする。」
「ほっとけよ。」
 羽根まみれのまま、
 でっかいお世話だという顔をして、朝ご飯のトレーを受け取った。