レヴィは勇吹に振りかかる厄災について考えていた。 想像が行きつくところまで行ってしまうと、深い溜息とともに考えるのをやめる。 腕を組んで窓に凭れた。 手には鳳冠を持っていた。 「恐い顔をしているな。」 龍雷がリビングに入ってきた。 「いろいろ考えることが多くてね。」 レヴィは龍雷に鳳冠を放る。 「処分しておいてくれないか。」 「いいのか?、結構な金になるぞ。」 にごりの無い宝石と金箔をあしらった冠はとても重く、それだけで価値を感じさせた。 「それがお金に見えるならなおのことお願いするよ。俺だと金になってもその金に汚さを感じてしまう。」 使うことに躊躇を感じてしまう。 再び腕を組み、窓に映る龍雷を見やる。 「でも・・無に帰してしまうのは簡単だけど、いくらか金になるだろうし。」 「なるさ。レヴィ殿が全て壊したいのを我慢してくれるおかげで、助かる奴がこの世には五万といる。」 龍雷は鳳冠を手の中で弾ませる。 一周眺めた後、ぱきんと一粒宝石を抜いた。 「奪い合われる宝石なら、まだ安い。」 レヴィは横目に彼を見やった。 「だが崇拝される宝石に値段はつけられない。」 龍雷は宝石を掲げて見せる。 「敷島勇吹が、神の子と誤認されたら、やっかいだな。」 「・・・・。」 憂うべき事由。 ・・レヴィは意見を述べなかった。龍雷も見解を求めたわけじゃない。 まだ可能性でものを言っているに過ぎないからだ。 ぱきんぱきんと宝石を外しながら龍雷はぼやく。 「もう少し、カルノ・グィノーが使い物になればいいんだがな。」 「・・・なるほど。」 横目にしばらく見ていたが、レヴィは振り返って、にこっと笑った。 「一つ、頼まれてくれるかな。」 「俺に出来る事ならば。」 と龍雷は笑い返した。 背後で電車の扉が閉まる。 ホームに降りて勇吹はカルノを怪訝そうに見上げた。 「・・・・。」 カルノは緊張した面持ちでホームの奥に沈む階段をちらりと見やった。そして腕をつかんだまま階段の方とは別の方へ走り出す。 「ちょっと、カルノっ。・・なんだよっ。」 「四つ目。」 「龍雷さん?。」 振り返ると階段から上がってくる彼の姿が見えた。 「それなら大丈夫だよっ。」 カルノは知らないのだろうか?・・・これでは逃げていることになるから失礼だ。 そう思って勇吹は止まろうとした。 カルノは逆に強く腕をつかんで叫んだ。 「・・どこがっ。」 その刹那だった。 龍雷に間合いを狭められた。 「・・のやろっ。・・・っ。」 カルノが悪態をつく。 彼の手刀が、カルノの右腕に伸びた。 勇吹は目を見張った。 「え。」 カルノはかろうじて勇吹ごともう半歩だけ下がった。 余波で右肩の服が裂けた。 「・・。」 勇吹は呆然とした。 でも、どう見ても目の前のは戦闘だった。 カルノの念動が発動し、龍雷を押し下げる。 ぐいっと勇吹を引っ張って更に間合いを広げる。 その逡巡に警戒心を抱いてカルノは呟いた。 「イブキ・・。手、離すなら、その前に意識ふっとばしてやっからな。」 その言葉に勇吹は我に返った。 怒気が含んでいて、あの行為を責めていた。 「・・・。」 「でも、そうすると、逃げにくいのもわかってろよ。」 言って、カルノは再び龍雷に視線を戻した。 念動を潜り抜け龍雷は再び間合いを制そうと距離を詰める。 カルノは攻撃はせず、下がるだけだ。 龍雷の有効な攻撃を出来るだけ無効にする位置へ。 奴は四つ目になることは無い様だった。 「・・・・イブキ。つかまってろ。」 カルノは不可視の翼を開く。 ホームは電車が行った後で人がいないのが幸いした。 突き当たり、ホームが終わるところで、カルノは中空に踊り出る。 「覚えてやがれっ。」 瞬間移動する直前、カルノは龍雷に向って叫んだ。 屋上だった。マンションの。 その中空に現れる。 カルノがわざわざ翼を開いたのは、慣れない瞬間移動の勢いを予想して、中空に遊びを持たせるためだった。 地に足をつける。 ちゃんと考えているカルノを見やる。 「(それに比べて足手まといだよな、やっぱ・・。)」 やれやれと勇吹は自分に溜息をついた。 「なんだよ。」 「いや、情けないなーって思ってさ。・・・ありがと。それからごめん。ぼやっとしてて。」 「・・・。」 「昨日一緒に酒飲んで、今日だから。信じたくなかった。」 「・・・・別にいい。」 あの逡巡は、そういう理由だったのだ。 そういうことなら、勇吹らしいから別にいい。 「信じとけば。操られてるだけかもしんないし。」 疑うのは俺とかレヴィとかで充分だ。 でも、明らかに気落ちした声で勇吹が呟く。 「・・・・うん。でも、誰に?。」 「知るかよ。」 「・・・・・・とりあえず部屋戻ろうか。俺がターゲットならその方が安全だし。」 勇吹は階段室を指差し、踵を返した。 「・・・・・・。」 カルノは後についたが、不意に眉を寄せた。 なんとなく違和感がある。 ・・・・勇吹が良しとした者に、そんなに悪い奴はいない。その上、黒幕は勇吹が叩いたはずなのだ。 階段を降りて、勇吹が合鍵で玄関のドアを開けた。 その瞬間だった。 カルノの柳眉が吊り上った。 「カルノ?。」 どたどたどたと土足でフローリングに上がり、リビングのドアをカルノは開いた。 ・・・・案の定。 「て・・・めえ。」 龍雷がいた。 「ついでに言うと、ら、なんだけれど。」 レヴィと並んで、彼はにこやかに応じる。 「・・・・。」 ダブルで人の悪い笑みを向けられて、カルノはがっくりした。 「はめられた・・。」 「どうしたの、カルノ・・・・げ。」 三人の様子を見て、一連の戦闘の理由を悟る。 つまりレヴィは龍雷をけしかけたのだ。助けたその見返りか、恩返しかは知らないが、龍雷は引き受けたのだろう。 泣き入ってるカルノの気持ちに深く同情する。 「いい修行になっただろ。」 飄々と龍雷が言った。 「いい迷惑だ。」 映画見に行けなかった。 「だって実践じゃないとカルノ、頑張ってくれないんだもん。」 「レヴィさん。」 可愛く言って、カルノを逆撫でしているのがありありとわかった。 「それで、彼に一役買ってもらったんだ。流石だね。」 巧い具合に追いたてて、瞬間移動をさせることが出来た。 龍雷は、勇吹の頭をくしゃっと撫でた。 「悪かったな。」 苦笑に、勇吹は軽くねめあげた。 「・・・別にいいですけど。」 「良かねぇよ。」 カルノが言葉を挟んだ。 その時ばっちり龍雷と視線が合い、含んだ笑いをされた。 「それで、ちゃんと、覚えているのだが。」 「・・・。」 カルノの首根っこをつかみ、龍雷は彼をを引きずっていく。 「龍雷さん?。」 勇吹は呆然と見送る。 レヴィははたはたと手を振った。 「助かるなぁ。」 「・・・そんな悠長な。」 勇吹がいい加減たしなめた。 「カルノばっかり強くしてどうするんですか。」 「うん?。・・じゃあ、イブキも勉強しようか?。」 レヴィはにこやかに笑うだけだった。 屋上。 カルノは辺りを見まわした。 レヴィの復元魔法が発動していた。多少、物を壊しても大丈夫だということだ。 龍雷は二本の長剣のうち一本を放る。カルノは受け取った。 大人しくついてきたのは、彼との決着がついてないからだ。 実践だから仕方ないが、邪魔が必ず入った。 ある意味不完全燃焼だったので、これで収まりがつくだろう。 不意に龍雷に尋ねられる。 「どこかで教えてもらったのか?。」 「・・・・。」 「我流のようでも、剣の扱い方を知らないわけじゃなさそうだ。」 カルノは眉をひそめた。 「基礎も見え隠れしている。」 「てめえの知ったこっちゃねぇな。」 「ついでに言わせてもらうなら、師に反発していただろう?。」 「・・うるさい。」 「別におかしくないさ。子供が大人に習う時によくあることだ。」 「・・・・・てめぇ。」 「まあ、いいさ。死にはしない。でも手合わせ願おう。」 そう言って、切っ先を向けた。 「・・・・っ。」 カルノは頭一つ分で避ける。 「・・。」 殺しはしないと言った。が、今のは避けていなければ確実に喉に刺さっていた。 「ああ、言い忘れていた。君が本気になればの話だ。」 「てめえ。」 龍雷の放った剣に、カルノの剣が交わった。 受信音に呼ばれてレヴィは自室に戻る。 受信トレイを開くと、来ていたのは東海三山からメールだった。 暗号を打ってセキュリティを解いて、開く。 中身は今回の一連の事件の事後報告書だった。 レヴィは苦笑いした。 身内のことだから事件そのものが秘密だし、更にレヴィ達が関わったことも公表していないのに。 「律儀だなぁ。」 やはり東海三山との方が仲良くやって行けそうだった。 プリントアウトして、レヴィはリビングに戻った。 勇吹が首をかしげている。 「東海三山から報告書が来たよ。」 ひらりと手渡した。 「まずは首謀者、その他300余名、綱紀粛清として東海三山からの追放が決まった。・・・殺さなかったのは、全員気を練る事が出来ない状態だから、その寿命は短いだろうし、生かしておいてもまあ悪さは出来ないと踏んだそうだ。」 要約を聞きながら、勇吹は英語のスペルを追う。 かちゃんと音がしてナギが買物から帰ってきた。リビングにがさがさと物を起き、勇吹の手元のプリントを覗き込んだ。 「代償は大きかったというわけだな。」 ふんふんと軽く目を通した。 「無気力というのは怖いぞ。勇吹。死ぬことすら億劫になる。」 「ある意味、一番しんどい状態で、東海三山は彼らを放出したわけですね。」 「そう言うことだ。」 にやっとナギは笑った。 そして上を差した。 「派手にやってるな。屋上は。」 「結界強化したところだよ。」 「うん。その方がいい。」 「カルノが珍しく付き合ってますね。」 「んー。やっぱり教え方がいいんだろうなぁ。」 「龍雷さんの?。」 「そう彼の。彼の見立てだと、一通り習ってるようだから、いちいちこの基礎はこうと真似させて教える必要は無いそうだ。とにかく型だけで相手するとか言ってたかな。」 「?。」 「マラソンと同じだ。早い奴と走ると、自分も結構早くなるだろ。目の前に走る奴のフォームやペースが似てきて自分のものになる。だから龍雷は型を効果的に見せつけてカルノに覚えこますつもりなんだろうな。」 ナギはテーブルに、レジ袋を置いた。今晩の夕食に使うものと、冷蔵庫に入れるものと、棚に入れるものを分けていく。 内容がいつもより豪勢なので、勇吹は尋ねた。 「今日はパーティーですか?。」 「ああ。」 「龍雷さんの?。」 「そう。明日の午後、ここを出るとさ。」 聞いて勇吹は感歎した。 「・・・戸惑っているって言ってたのに、すばやいなぁ。」 レヴィは苦笑いした。 「まあ、それが本音だろうね。でも現実には結構やらなきゃいけないことがあったりして、呆けてもいられないんだと思うよ。」 屋上に視線を向けやって肩をすくめた。 再び激しく鍔を競り合う。 刹那、刀身にひびが生じた。 「・・・。」 「けっ。」 カルノはナイフを、龍雷は小刀を、帯びた場所から効き手で取り上げた。 長剣がコンクリートに叩きつけられて砕ける。 空を切ってナイフは首に、小刀は胸元に。 「・・・・。」 寸止めされる。 「・・・これくらいにしておこうか。」 龍雷は笑んで、下段からいった体を起こした。 カルノは、しばらく動かなかった・・・が、フェイントはないと見て、その場に座り込んだ。 詰めていた息を盛大に吐いた。 龍雷は壊れてしまった刀身を拾い上げ鞘に入れて行く。 「(・・・くそ。)」 基礎だけの剣さばきのくせに余裕を見せつけられながら戦われた。 自分のためなのはわかっていたが、正直かなり悔しい。 龍雷がカルノの傍に戻ってくる。 「後は、持久力、集中力。技術のキレ。まあ、君の場合、上への反発でこれらが散漫だから、すぐに解決するだろうさ。」 「ほとんど全部じゃねぇか。」 カルノは肩で息をしながら毒づいた。 「いや。」 龍雷は見返す。 「想像力と先読みする力はあるさ。」 「・・・逃げ出す時に便利なだけだ。」 「・・・・。」 あまりと言えばあまりだが、真理をついているので、 後に喋る自分の言葉が安っぽく聞こえてしまうなぁとか龍雷は思いながら、でも喋る。 「生き残るのに必要な力だ。そう思っとけ。・・・・それらの方がなかなか鍛えられないものだ。人は都合のいい方に考えようとするからな。」 「それには同感だけどな。」 カルノは立ち上がった。 さっさと部屋に帰ろうと思う。カルノは階段室に向って踵を返した。 龍雷は後について、歩きながら声を掛ける。 「過信する奴らばっかりだったから、こんな台詞を言うのも初めてだが、あんまり自分を見くびらない方がいいぞ。カルノ・グィノー。」 本音だが、励ましに聞こえるだろうか。 カルノはそっけない口調で返してきた。 「別にいいんだよ。俺はへっぽこのまんまで。」 呟いて、どんどん階段を降りていってしまう。 龍雷は肩をすくめた。 その口調は、そうも言ってられない、という否定が含んでいた。 ドアを乱暴に開けて、カルノはフローリングに上がった。 「・・・・・・あ、帰ってきた。」 勇吹はリビングのドアを押し開けるカルノを振り向いた。 何かむくれているようで、且つ、疲労困憊のようだった。 無言でダイニングを横切る。 ぴっくんとカルノの視線が調理台に注がれた。 その様子に気がついて、ナギは調理の手を止め、片目を瞑る。 「ああ。龍雷が明日アメリカに立つことになったから送別会だ。なら豪勢にしないとな。」 分厚めのステーキ肉が包みから覗いていた。 「細切れにすんなよ。あと、塩とコショウ大目。」 「はいはいはいはい。風呂入って来い。まだかかる。」 途端、あきらかに上機嫌な後姿になってキッチンを出ていった。 龍雷が入ってくる。 「若いな。元気だ。」 「そんな年寄りくさいことを。」 「君達からしたらおじさんだろ。」 「龍雷さんが言うと説得力ないですよ。」 |