触れるには
触れられるということを




 勇吹が怒ったままだった。
 朝から人の顔見て、露骨に無視されてしまった。
「(なんで、あんなに怒るんだよっ。)」
 ぶつぶつと不貞腐れながら、朝食の残りのコーヒーを飲む。
「まだ、仲直りしてないのか?。」
「う・る・さ・い。」
 コーヒーのおかわりを持ってきてナギはカルノのカップに注ぎ足した。
「勇吹は、全部おまえがしたことで怒ってるわけじゃないさ。」
「・・・・。・・わかってるよ。」
「何事も無かったようにされるよりマシだろう?。」
「・・・・。」
 ナギの言葉は、まったくもってその通りで、勇吹の悪い癖が出てないだけいい。
 カルノはカップをテーブルに置いて席を立った。ナギは軽く肩を竦めやった。
「・・・。」
 勇吹の部屋の前に立つ。
 謝れるのだろうか・・ろくすっぽ謝ったことがない。
 そんなことを考えながら、ガチャとノブを回した。
 ・・・・回したら、鍵がかかっていた。
「・・・。」
 ノックする、返事が無かった。
「・・・・・・。」
 長い沈黙のあと、カルノは苛立ちまぎれにがちゃがちゃとノブを回した。
 俺だってわかってて、ワザと無視していやがるんだ。
 謝ろうと思っていた気分が一変に吹っ飛んだ。
 がぎちゃっ、とノブが外れたのが、合図だったかのように・・・・・・、ドアが、『大破』した。
 机の前で、本を読んでいる勇吹の姿が、ぱらぱらと崩れる落ちる入口の向こうに見えた。
「・・・。」
 眉を寄せ、口を一文字に結んで、勇吹は頭を押さえてしまう。
「(なんでドア壊すんだよ・・。)」
 図書館から借りてきた、市の行政運営の冊子、CD‐ROMから印刷してきた新聞記事の地方版、神社縁起の本、そして、レヴィに今朝もらった四つ目の動きについてのレポートを、トンと一束にした。
 席を立って、その束でカルノの頭をゴツッと叩いた。
「ちゃんと、直してよ。」
 勇吹は怒った声でそう言って、部屋を出てカルノの部屋に入ってしまう。
「・・・。」
 なんか損ばっかりしているような気分になった。
 早く謝れないから。
 カルノは破片を一つ拾い上げた。



 赤いフェルトペンで何かいろいろ書いてあった。
 カルノの字だってすぐにわかった。
「・・・。」
 レヴィからもらったレポートの中にあったFax。
 勇吹は他の資料からそれをつまみ出して、カルノのベットに寝転がった。
 指先に挟んで眺めやりながら、レヴィの話を思い出す。
 「 カルノに出した宿題だよ。 」
 「 宿題?。 」
 「 黒幕の屋敷なのだけれど、こういうのを俺一人だけで見てると何か抜け落ちてしまうかもしれないからね。カルノにも見てもらったんだ。 」
  屋敷は渓谷の傍の森にあり、怪しい部屋は2箇所、広間と、船底のような地下室。
  罠やからくりがあって、直線で行けないようになっている。
  どういうものかは見取り図からは把握出来ないが、それらの位置をカルノは書き足していた。
 「 さすがグィノー家出身、だけのことはあるね。 」
  ここまで書ければ上等だよと、レヴィは椅子にもたれた。
 「 なかなかどうして、詰め込まれてるなぁ。 」
  そんの日々など想像も出来ない。
 「 英才教育を受けたんですか?。 」
 「 そういうことになるんだろうな。大魔女はスパルタだったろうし。 」
「・・・・。」
 勇吹はぱさっとFaxを顔面に被せた。
「大魔女・・・・。」
 およそゲームの中でしか出てこないような単語だ。



「ナギ。ドライバー貸して。」
 昼ご飯とおやつの用意をしているナギは、キッチンから振り返った。
「そこの物置の引き出し。で、ドアは直せたの?。」
 ずいぶん時間がかかっていた。テーブルの上のコーヒーなど、とうに冷めきっている。
「見てのとおりだろ。」
 ドアを形に直したのはいいのだが、ちょうつがいは魔法でやるより自分でつけたほうが早いということらしい。
「あと、やっとこうか?。」
「イブキが後でうるさいからいい。」
 そう言って、律儀に扉をくっつけている姿はなんとも可愛かった。
 ナギは、カスタードをヘラで混ぜながら、クスッと笑った。
「・・・。」
 ドアをくっつけて、カルノは自分の部屋に戻り、ノブを回した。
 今度は鍵はかかっていなかった。
「・・・イブキー、直したぜ・・・・。・・・・。」
 部屋の中に入ると勇吹は、寝てしまっているようだった。
 窓から入る風が心地よくカーテンを揺らしている。
「(そんなに時間、かけてねーぜ。)」
 などと思うが1時間あれば、昨日も一昨日もよく寝てない奴なら寝てしまえるだろうと思った。
 夜より昼の方が、明るくてホッとできるから、却ってよく眠れるのかもしれなかった。
「・・・・。」
 彼の手元の、伏せられた本を拾い上げた。
 神社縁起の本のようだった。隣町の参道の構図がまとめられている。
 もちろん皆目、文字は読めなかったが、方位とその町の区割りの仕方で神様に関係するということは見て取れた。
 レヴィから与えられた課題もずいぶんあるというのに、よくこれだけの時間を作ることができる。
「(・・・・飯だって作れるしな。)」
 ベットは取られて座れないので、カルノはデスクの椅子を引いて座った。
「・・・・。」
 机に足を乗っけて椅子を浮かせながら、昨日のことを思い出す。
 何で邪魔したのかと、『問われれば』、答えられる。
「(聞かねーけどな。)・・・・。」
 あんなふうに簡単に手を伸ばせる勇吹が羨ましかったんだ。
 手に、体に、心に、
 触れたいものに触れられる。
 カルノは唇をゆっくり噛んだ。
「・・・・。」
 触れたかった人、・・・今は名前さえ呼べないでいる。
 唇から、温く血がにじんだ。
 温もりが、遠くて・・・、やるせなさがだけが胸に残る。
「・・・・・。」
 うたた寝から覚め、体を起こしていた勇吹は、まなじりを押さえカルノの様子を伺う。
 そしてやおら、前髪を梳き上げる。
 結局折れるのは、俺の方か、と窓に映るカルノの表情に思った。



「スキあり。」
 椅子が派手に倒れる音がした。
 勇吹の右腕に首を持ってかれて、ベッドに転がり込む。
「念動力使うなよ。あ、口の中、切った?。悪いね。」
 もともと悪いのはカルノだから、たいして悪びれもせずに、倒した背中に勇吹は飛び乗った。
「イブキ、てめぇっ。寝てたんじゃねーのかよ。げぇっ。」
 右腕を首に絡め左手でその腕をがっちり固定する。
「はっなせっ、てめっ。」
 言ってもギチギチに首を絞め上げてくる。
「体なまってるんじゃないのー。」
「てめぇ。」
「謝る?。」
「誰がっ。」
 言った後、あ、しまったと思う。
 勇吹はふーん・・と鼻白んだ。ぱっと首を離して、カルノが振り向いた瞬間、足を引っ張って四字固めをかけた。
 どうやら手加減は無用のようである。
「イッテーッ。」
「念動力使うなよ。」
 勇吹は釘をさした。



「・・・にぎやかだね。」
 カルノの声で、レヴィが自室から出てきた。
「いいなぁ。俺も混ぜてもらいたいな。」
 リビングのナギは肩をすくめた。
「どうぞ、好きなだけ。」
「・・・止めてほしいなぁ。」
 くすっと笑い合う。
「怪我しないかな。」
「しないだろ。おまえやカルノとは違うんだ。取っ組み合う力加減くらい心得てるさ。」
 伊達に男兄弟の『真ん中』をやってないだろ、とナギはカルノのカップの隣に、レヴィの分のコーヒーを出した。
 部屋では、開放してもらったカルノがぐったり、ベットにうつぶせになっていた。
 勇吹はその上に乗っかって、すぐ技をかけられるようにスタンバイする。
「カルノ。頼まれてくれる?。」
「・・・・・・、あーもう、なんだよ。」
「今度の日曜さ、4時までに花買ってきてよ。」
「はぁ?。」
「和沙さん、薪能で1番目物だったかな、演じることになってるからそのお祝いとして持っていきたいんだけど。俺、当日地鎮で忙しくてさ。」
「で、俺に、行けと。」
「そ、ついでに謝ってよ。彼女にさ。」
「えー・・・。」
「あ、っそ。」
 よっこらせと海老固めでもかけるかと足をクロスさせた時、
 カルノがぶつっと呟いた。
「・・・・・・。花なんてわかんねーよ。」
 それは、行ってくれるということだろうか?。
 足は離して、もう一度首に腕を巻きつける。
「俺だって、わからないよ。」
 頼むよ、と、駄目押しで言ってみる。
「・・・・。おまえ、半分以上脅してねーか?。」
 さっきのヘッドロックはかなり苦しかった。
「うーん。半分くらいそうだな。」
 でも、もう半分は違うよ、と、
 背中から腕を絡めたまま、勇吹は笑った。