竜祀祭 投票の結果、北野台高校の文化祭の通り名は、『竜祀祭』に決まったらしかった。 リュウシサイと読む。 文化祭実行委員により、文化祭のフィナーレとして、屋上から垂幕がズドンと下げられる。 終了の3時まで、あと30分。 「お、早いじゃん。」 2−Aの前を通りすぎたら、和樹がひょっこり顔を出した。 「あ、和樹。」 部室前で待ち合わせてたのだが、せっかくいろんな出店が出ているしとふらふら歩いていたところだった。 「そろそろ行こうと思ってたんだけど、何時に来たんだ?。」 「2時だよ。おもしろそうだったからさ。」 「んな荷物、持ってて歩きにくかったんじゃないか?。」 和樹は紙袋を指差した。 「まあね。」 肩をすくめて答えると、和樹は紙袋を持ってくれて、教室の窓際にそれを置いた。 「和樹のクラス?。」 「そうだよ。ほらよ、奢り。」 出し物のシュークリームとお茶を持ってきてくれる。 「サンキュ。」 窓際の椅子に座らせてもらって、勇吹は受け取る。 和樹もお茶を片手に隣に立った。 「今日は、赤毛の弁慶は一緒じゃねーんだな。」 「弁慶ねぇ。この間はたまたま合流しただけだよ。」 相変わらず、あたらずしも遠からずな微妙なネーミングをしてくる。 「あとから来るよ。今日は頼んだんだ。」 シュークリームにぱくつく。 「あれ、おいしいじゃん。」 「おまえな。なんだと思ってんだよ。」 「バニラエッセンスじゃないね。ちゃんとバニラビーンズ使ってる?。」 「まーな。こだわりらしいぜ。女子の。」 「なるほどね。」 「なんか、バニラエッセンスは苦くてやだって言う奴がいてよ。それにみんな同意見でさ。」 「舐めたことあるんだねぇ。みんな。」 勇吹は、なるほどと賛同する。 色と風味からしてカラメルのイメージを抱くので、『甘い』と思って舐めてみると、実は『苦い』。 「今日は、何時からやるんだ?。」 「4時ごろにでも。鬼門相手じゃないから日の入りを待たなくても大丈夫なんだ。」 「今日の相手は?。」 「北野神社の竜神様。」 「簡単に言うなぁ。」 やれやれと和樹は苦笑いした。」 「事後承諾で悪いけど、猿移したぜ。建築許可をもらって、業者に頼んで台座を作ってもらったんだ。階段室の上に石像をそのまま置くわけにもいかないからな。後で見てよ。」 「うん。わかった。まあ、向きさえ合っていれば大丈夫だと思うけど。あ、市民だより、見たけど、和沙さんの神楽舞は、何時から?。」 努めて普通に勇吹は尋ねた。 「6時。」 「じゃあ、和沙さんのことだから、屋上、見に来るのかな?。」 「ばっちりスタンバってるぜ。今も屋上で精神統一。つーかありゃ、待ち伏せってところだろうな。何が起きるか全部見てやろうって腹だ。」 「うわ。」 「こっちが終ったらバイクで会場に送ってもらうために、親父の秘書の一人を捕まえて待たせてあるんだぜ。」 「すごいなぁ。」 情熱というか執念というか、並々ならぬものだ。 「おまえが気に入ってるんだよ。部員達もなんか知らないけど全員残ってるぜ。4時に天武館に召集かけてあるから。」 ちょっと縁日でも見て、更衣室に行くか?、と和樹は尋ねた。 下が騒がしいので、カルノは屋上に降り立った。 時間まであと少しだ。ここで待たせてもらおうと、コンクリートの手すりに座り込んだ。 「・・・。」 顔を上げると、今までいなかったはずなのに、和沙が、そこに立っていた。 ギクリとした。飛んでたの見られたか?、と。 手に持っている赤いバラの花束がガサリと音を立てる。 「(どこからわいてきやがった?。)」 なんてことはない、カルノが視線をはずした時に、階段室の影から出ただけだ。 この間、邪魔してくれた赤毛の彼だってすぐにわかったから、空を飛んでても害はないと、和沙は堂々と前に出た。 「義経の手伝い?。」 日本語で言われたので、手伝い、はわかるが、ヨシツネがわからない。 が、とりあえず、目的の彼女がいるのだから、さっさと渡してしまおうと思う。 カルノは手すりから降りて、スタスタと彼女に歩み寄った。 バサッと花束を彼女の胸に押し付ける。 「これ、イブキから。」 びっくりしている和沙に、ぶっきらぼうに伝える。 「イブキ・・・。」 簡単な英語だ。聞き取れる。けれど、イブキの名前に、そっか、と思う。 「(義経、って、イブキっていう名前なんだ。)」 考える仕草が気に入らなかったのか、カルノがぶつっと呟く。 「花なんて、これぐらいしか知らねーんだよ。気に入らなかったらイブキに言えよ。」 「・・・・ううん。好きな花よ。ありがとう。」 「・・・・あと、イブキがおまえに謝れって。」 「謝らなくていいよ。」 「なんでだよ。」 なんかそう言われたら言われたでムカついてしまうのだが、二の句は、もっと理由になってなかった。 「敵だから。」 「(怒)。なんでだよ。」 花束を、後ろ手に持って、和沙は回れ右する。 ツンと胸を反らして呟いた。 「最期まで、傍にいたのは、静じゃない。弁慶なんだから。」 更衣室の鍵をポケットから出したとき、くしゃくしゃになった銀色の包み紙が落ちて、カプセルが廊下にこぼれた。 「なんか落ちたよ。」 勇吹はしゃがみこんだ。 「んげ。義経、さわんないで。」 「?。」 和樹もしゃがんで、銀紙にカプセルを戻した。 「ラッシュで入れられたかな。政治屋の嫌がらせだよ。最近多いんだ。」 「・・なにこれ?。」 「麻薬だよ。政治家の息子が覚醒剤所持で捕まってほしいらしいぜ。」 ポケットをひっくり返す。割れたカプセル一つと、粉が少量散った。 「・・・・・シュールだな。」 「まーな。」 いつものことなのか焦った様子もなく、パウチ袋を財布から取り出す。 「和沙さんも?。」 「んにゃ。俺だけ。あいつと俺、姓が違うだろ。」 そうなのだ。市民だよりを見て気づいた。 「まして、俺は2世議員になる予定だからな。風当たりも違うさ。」 物を銀紙を入れ、日付と時間を書く。 手伝おうとすると止められた。 「指紋つくとやっかいだから。」 「あ、そうだ。俺、十指とられてるしな。」 「・・・・・。」 和樹はパウチをぱちんと止めながら、目を半眼にした。 「おまえ、そういうことさらり言うか?、普通。」 「おまえならいいかなって思えるから言えるんだよ。」 そう言って勇吹は苦笑いする。心をぽんと預けられたような気がして、和樹は少しドキリとした。 「知合いのツテで鑑識に回してもらうとするかな。これで、4件目だ。」 「他には?。」 「駅から突き落とされそうになった。」 「それ、この間のニュースのせい?。談合の告発がどうのこうのと。」 「あ、知ってた?。それで暴力団に反感買っちゃってるんだよな。」 「・・・明るいね。」 「慣れたからな。」 「君もタフだね。」 更衣室の中に入り、勇吹は紙袋を下ろした。 お神酒に榊の枝、丸いランタン、10センチ程の長さの黒い拍子木に、 「へぇ。」 風呂敷に包まれた、狩衣と指貫を出した。 和樹はひゅっと肩をすくめやる。それらしい衣装を自分達以外で持っているのに共感を覚えたからだ。 勇吹は私服のまま、袖に腕を通した。襟の広いTシャツだし、チノパンは膝まで織り上げれば目立たない。 「・・・。」 着替えを見ているのもなんなので和樹はロッカーに向かい、簡易防犯装置を解除し、五連の錠前を外した。 「?。」 なにやら高そうな箱だった。身支度を整えながら、勇吹は和樹の傍にいく。 和樹が箱から出したのは、冠だった。 「龍戴。北野神社に奉納されてた奴。使えると思ってさ。」 「ええ?。文化指定されてるんじゃないの?。いいの?。」 「まーな。気にしないでくれよ。」 和樹は笑いながら、竜の冠を勇吹の頭に載せてみる。 「・・・様になるな。おまえ。」 思わず感心してしまった。 龍戴は、能の小道具の一つだ。 人間に姿を変えた時の竜神の小道具。 納まりよく髪に馴染み、慣れた手つきで紐を顎でくくってくれる。 「・・・。」 風呂敷と拍子木を着物の合わせの間に入れて、榊とお神酒を勇吹は持った。 和樹はランタンを持ってくれる。 後片付けが始まっている廊下を通りぬけ階段を上った。 途中、もの珍しげに見る生徒達もいたが、文化祭のあとだ。不思議に思わないらしい。 階段室に出ると和沙がいた。花束を後ろ手に持って。 カルノが来たんだと思う。姿が無いのでさっさと帰ったようである。 ちゃんと謝ったのだろうか?。 「和沙さん。」 「義経。お疲れさま。お花、ありがとう。」 「今日、薪能でしょ、そのお祝い。でも、これは弁慶からね。」 「え?。」 「俺は俺で用意してあります。誰かに頼んで渡したりしません。演技のあとで届けに行くから。」 どうやら弁慶は、はめられたと見えて、義経の方が上手らしい。 「うーん、ありがとう。ちゃんと見てね。」 「それはもちろん。」 勇吹は優しい笑顔を返した。 「ランタン、この辺に置いておくからな。」 和樹は言って、室の裏手に置いておいた脚立を屋根に向かって立てた。 お神酒と榊を、祠に置いて、勇吹は移された猿を見るために和樹の後について屋根に登った。 和沙も、脚立に足を乗せたまま、屋根の上を伺う。 この間の仮の札は、猿の胸に貼り付けられていた。 「ああ、なるほど。ネジで止めたのか。」 土台の芯は直径3センチのネジ式のものに代えられていた。 猿の芯穴には接着剤でネジ穴を埋め込んだそうだ。 八角形の土台は6本のボルトで固定されている。 「ねじこんだあと、北東に方位が向くようにしたんだ。」 「へぇ。十分だよ。これで。」 「よかった。あとさ、こいつをあとで貼り付けたいんだけどいいか?。」 何も書いてないステンレスのプレートを和樹はポケットから出した。 「今日の日付と、竜祀祭、と入れたいんだ。あとで科学部にやってもらおうかと思っててさ。」 「大丈夫だよ。その辺は和樹に任せるよ。屋根つけてもいいし、ちゃんちゃんこ着せてもいし、何もしなくてもいいし。」 「わかった。まあ、そう言うのは後輩が順順になんかやってくれるだろと、俺も思ってるんだがな。」 「愛着わくといいよね。」 |