Holy Day
2.1日







 8月になった。
 夕立と称した雨が降ってくる。
「・・・・なんか、俺、祟られてねーか?。」
 バイクを降りながらげんなりと呟いた。
 ヒイロのアパートの駐輪場の雨のかからないところにバイクを留め置いた。
 ヘルメットを外す。
 対衝撃には向いているが耐水性は皆無なヘルメットで、髪が完全にしけっている。三つ編みの部分にいたってはびしょぬれであった。
 張り付く前髪をかき上げた。
「さあてヒイロはいるかな。」
 2階を見上げれば、前と同じままだ。どうやらいるようだ。
 まだ住んでいるんだなと言うのが正直な感想だった。
 ヒイロなりに真面目に生活しているのだ。
 あのガンダムのパイロット達の中で、もっとも社会性に乏しい奴だが、興味がわいたものにはもっとも努力は惜しまない奴ではある。
「・・・。」
 となるとあんまり俺みたいのが出入りするとやっかいかもな。
 ずぶ濡れのまま階段を登っていく。
 デュオはヒイロの部屋のドアをノックした。
「ヒイロ 俺。いるかー?」
 あれ出てこねーな。
 その時がちゃと開けられる。
 ヒイロが濡れた髪をタオルで押さえながら出てきた。
「あ、わりー。シャワー浴びてたのか?。」
「別に。」
 そのままで入るなと呟いて、ヒイロは玄関から踵を返した。
 奥からタオルを持ってきて、無造作に使えと手渡す。
 デュオはどーもと受け取り、頭に被せる。
「ひでーよ。いきなり降って来るんだもんよ。」
 夕立ってこんなもんだったか?と考えてしまう。
 こんなに大量に水を流して大丈夫なのかと言う気さえする。
「天気予報見てなかったのか?。」
 ヒイロの声は全く同情していない。
 その後姿にデュオは声をかけた。
「ヒイロ。手伝ってくれ。」
「?。」
「おまえの方が詳しいだろ。」
 デュオは胸元から一丁の銃を出した。
 ヒイロが一瞬眉をしかめる。デュオはそれを放った。
 ヒイロは左手で受け取る。
 手になじむ感触。重さもちょうどいい。素人でも手首に負担にならない。
 鈍色の・・クラッシック銃の類に形は近い。が、銃口は細く回転数を上げる口内の流線が美しい。有効射程距離は60mはあるだろう。
「こんなのは見たことがない。」
「・・そっかヒイロもか。俺もだ。」
 デュオはお手上げをした。
「てことは、誰かが新しく作ってんだな。」
「・・・・」
「その銃は新聞会社のおえらさん宛に配達しようとした荷物だ。不審に思った仲間が俺に見せてくれたんだ。」
「・・・・そうか。」
 当然差出人の名は当てにならないものだったのだろう。
「じゃあ、ヒイロのほうもちょっと調べてくれな。んじゃ。」
 踵を返して背を向けた時だ。チューンっ、とうなった。
 頭の横、眼前のドアチェーンに銃弾が突き刺さっている。
 デュオは何で撃つかなと固まりながら思う。
「・・・・・。」
 振り返れば、サイレンサー無しでここまで静かなのは珍しいと言った風情だった。
「あのー。ヒイロ?。」
「帰るんじゃなかったのか?。」
「・・・・引き止めておいて言う台詞かね。」
「調べられることはここで調べろ。また濡れて入ってこられると迷惑だ。明け方まで雨だからな。」
「・・・。」
 しょうがないので靴を脱ぐ。帰ろうとすれば二発目が飛んでくるだろう。
「シャワー借りるぜー。」
「・・・・ああ。」
 ヒイロは手持ちの銃を手で遊ばせながら目の前を横切るデュオを見送る。
 溜息を一つついて、銃をベッドの上に放り投げた。




 浴槽があるのでお湯をためて髪を洗った。
 クリアボックスにタオルとルームウェアが入っていたので適当に借りる。
「(二・三日のうちにはケリがつくかな。ヒイロが手伝ってくれるなら。)」
 情報収集能力なら自分よりヒイロだ。
「・・・・。」
 ヒルデもそうだったと、ふと思った。
 金勘定が出来るという以上に、そういう整理能力があった。
 そして友好関係も広い。
 ともすればヒルデに頼んだ方が事情通かもしれなかった。
「・・・。」

 バイバイ、デュオ

 もう一年半・・二年近い。
 唐突な別離。
 失うのではなく。
 そして生きていれば会える、というものとは別だった。
「・・・・。」
 珍しくも櫛を入れて真っ直ぐにした髪を一束にして洗面所から出る。
 出れば、ヒイロがベッドで銃を解体していた。
「それ、なんかわかるのか?。」
「彫刻の技工師によるものだなということぐらいは。」
「彫刻?。」
「ほぼ手作業だ。形抜きの鋳造じゃない。」
「へー。」
 デュオは感心している。
「芸術家を装うくらいする。鋳造なら分野はあまりかわらない。」
「なるほど。」
 デュオはベッドサイドに腰を降ろして、分解されたそれを見る。
 ヒイロはバラしたそれを外した順に元通りにしていく。
「・・・。」
 怪訝そうにした。
 はまらないのだ。
 最後。ボディが。
「・・・・大した腕だな。」
「適当に戻したぐらいじゃ戻らねーってか。」
 だがその分銃口のブレも爆発もしなくなる。
 ヒイロはもう一度バラすとベットから降りた。
「あとは任せた。」
「はあ。いいけどよ。」
 銃身をつまみあげる。
 ヒイロがどんな手順でバラしたのかはわからないので、うまいことはまりそうな部品から組み立てていく。
「何か飲むか?。」
「ああ、あったけーの欲しー。」
 尋ねられて適当に答える。
「ミルクとコーヒー、紅茶。何にする。」
「・・・・・。」
 デュオが動きを止める。なんだってそんなに種類があるんだ。
「・・どうした?。」
「ああ。コーヒーな。」
「わかった。」
 ヒイロはコーヒーの粉の缶を手に取る。
 ネルフィルターでヒイロはコーヒーを入れる。どうせがぶ飲みするのでポットで作る。
 取っておいて、朝カフェオレにでもしたらいい。
「おまえそんなんでコーヒー煎れんの?。トロワみたいだな。」
 組み立てて最後のボディのところまで来る。
「おまえが考えているのはヒルデの方だろう?。」
「・・・・・・。」
 デュオが瞠目する。
 ややあってボディがガキンと音を立て、銃身が合体する。
「なんでおまえからヒルデの名前が出んの?。」
「同じL1だ。会ったこと自体は偶然だったがな。」
「・・いつ?。」
「一年前。それからは彼女がこういったものを何かにつけて押し付けてくる。」
「なんかちょくちょく会ってるみたいな言い方だな。」
 出来るだけ普通に言葉を返す。
「実際会うからな。」
「・・・・・。ヒルデ何してんの?。」
「主に学生の福祉活動の企画だ。だから俺も時々行ってる。」
「・・・はああ?っ。」
「似合わないのはわかってる。でも普通だと思うから行ってる。」
 ヒイロはコーヒーをポットから注いだ。
 マグカップを持って、デュオに手渡す。
「はあ・・・・、さいですか。似合わなくはねぇよ。いいんじゃね。」
「・・・・。」
 ヒイロはデュオの隣に座る。
 ベッドに乗っているクリアファイルに手を伸ばして、一枚紙を取り出す。福祉活動の日程表だ。
 デュオに手渡した。
 デュオはひらっと眺める。
「そーいやあいつ、こういう才覚あったなー。」
「俺たちよりずっと上等だ。」
 ヒイロは無表情にコーヒーを飲む。
「・・・・。」
「彼女は今は行き来してL2の支援活動に力を入れている。この夏季休暇が済めばL2の学校にも行くことになっている。」
「・・・・・やたら詳しいな。」
 上等だという。そんなのは知ってる。
 ただ、俺以外の男が知っている。
 ただそれがとてつもなく癇に障るのだ。
 手元の完成した銃のその銃身でヒイロの顎をすくう。
「それで、他には?。」
 ニヒルに笑う。
「・・・。」
 諜報的情報提供の件がある。だがそれを言えば今は逆なでするだけだろう。
 ヒイロは手でその銃身をはらう。
「デュオ。」
「なんだ?。」
 冗談をかまわれなかったのでデュオは愛想ない声だった。
「・・・・。おまえは、始め、ないのか?。」
 未来を。




 それは、
 確か描いた。
 夢、あこがれ・・・未来。
 あの戦争が終わった時には。

 Say GoodBye Duo

 あのMO2での手紙。
 今でも痛烈にこの胸を焼く。


 親愛なるデュオへ

 私帰るから 怪我も痛まなくなったし
 戦争を終わらせてくれてありがとう

 バイバイ、デュオ


 唐突な別離。
 失うのではなく。
 そして生きていれば会える、というものとは別だった。
 彼女は去ったのだ。

 そうして、
 俺はまだ工作員として手を汚すことになったから、報復を考えて会いに行かなかった。
 彼女は普通の民間人だから。


 そしてそのまま未来に怖気づき、置き去りにした。







[09/12/16]
■うーん。さすが私。文章暗いよ・・。

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