The Other Day 5.3日 メールを開けてみる。 開けた瞬間にビービーとやけにうるさいサウンドが鳴り響いた。 「ちょっとっ、うわっ・・・・・て。・・・・・・!。」 端末にアタックをかけられたと思った。が、規則性を感じ、すぐにヒルデは目つきを険しくさせ端末に身を乗り出した。 音がやんでメールの受信が完了する。 「・・・・。」 そのメールを選択する。パスワードを要求された。 ヒルデはパスワードを入れる。 開いた。 つまり当たっていたということで。 ヒルデは机に向かってつっぷする。 「よかったぁぁー。」 脱力兼心底ほっとする。 メールはヒイロからだった。 気を取り直し顔を上げた。 「(・・・・ヒイロとつきあうってこういうことなのね)」 要求されるものがやはり高等で。 ヒイロが使ったのはOZの兵士がマスターする信号方法の一つだ。 それを警告音を打って使った。 気づくのが遅れば、さっぱりわからなくなる。 「・・・。」 まあ仕方ない。 ヒルデは送られてきた文章に目を通す。今回の事件の概要だ。 それから今夜やはりホテルに行って欲しいというものだった。リリーナが政府関係者に捕まるということが見越されたからだ。 それに明日ホテルから出るところからホテルを含めた関係者を欺かなくてはならない。 リリーナはホテルにいるという工作はマスコミ対策で、ホテル側にはリリーナと自由行動をしているのは女性だと言うことにするためだ。。 前にヒイロに得意とい言ったことはそういうことである。 「細月グループか。」 企業母体が大きく、優良企業だ。 トップがやましくても、そこにいる社員や技術者全てがやましいというわけじゃない。 「(やだなぁ。)」 椅子に仰のいて、ヒルデは溜息をついた。 そういった人たちには生活がリアルにある。 「(リリーナはこういうことをやってるのね。)」 生活保障というのは常に人間の精神の弱体化と隣り合わせだ。 適度な競争が必要で。 かといって過度の競争や格差は戦争になる。 公平の中に、人民に向上心を持たせなければならないのだ。 「向上心ね。」 マーズテラフォーミングプロジェクト。 「いいね。リリーナ。」 画面をぱちんと弾いた。 CエリアにあるKIOホテル。 リリーナはやはりマスコミと政府関係者に囲まれてL1での会議に参加することになってしまった。 KIOホテル内の会議室とレストランホールにて会食。 ヒルデはホテルの最上階のラウンジに通されていた。 身分証明書と声紋の確認だけだ。リリーナが頼んでおいてくれた相手の名前はサリィ。 ピースミリオンにいた旧連合の軍医だ。 「(VIP扱いを受けるとは思わなかったわ)」 周囲には誰もいない。完全に貸切だ。リリーナにからんでホテル側に配慮を求めているようだった。 当然明日の自由行動もホテル側は了承しているのだろう。 自分がここにいるのはひとえに女と行動していることを強調するためだけだ。 もちろん自分もそのつもりである。 コーヒーを飲みながらコロニーの夜景を眺める。 その時、通路の方から人の気配がした。リリーナだ。 自動扉の向こうに会食を終えたリリーナの姿が見えた。 ヒルデは立ち上がった。 1年半ぶりだった。会ったのは一度だけなのに、懐かしいと思うのはテレビ桟敷で見ているせいだろう。 親しみやすさはヒイロと関わっているせいだ。 「・・・。」 ヒルデが見えた。 コロニーの夜景を背にしてこちらをみている。 心臓がことんと揺れた。 ブラウスに短めの・・黒いナイトドレスを合わせていた。 モニターではわからない。ヒルデは変わっていた。 少年のような雰囲気は、見たまま脚線美になっていた。すらりと伸びた脚と柔らかいリップライン。 背はそれほど強調せず、肩も身体つきもしなやかで、腕に収まりよさげだ。 バーテンに愛想よくカップを退けるように頼んで、こちらにくる。 「リリーナ。」 ヒルデは微笑んだ。 リリーナは、う・・と思う。素直に笑えなかった。 白いブラウスの胸元のギャザーは彼女を華奢にして、色香がくゆる。 だがそれらを払拭する快活な笑顔。 「・・・。」 ヒイロ、こんな彼女の近くにいるのね、とまず思ってしまった。 「お久しぶり。リリーナ。っていうと変か。ほとんど初めましてに近いはずだもんね。」 「う・・ん。」 デュオのことでヒルデの話を聞くつもりなのに、しかもそれをヒイロの頼まれたようなものなのに、それどころじゃなくなっている自分がいる。 「あれ・・?。どうかした?。」 「・・・・デュオとヒイロの気持ちがわかるかも。」 「・・・・・・わからなくていいけど。」 リリーナにリークさせたのか、ヒイロ、と思う。 「だって、ヒルデ綺麗なんだもの。」 これは庇護欲の部類だ。しかもそれは自分にはないもので。あったら自分は女王になっていない・・と思う。 ヒイロだって男だ。気にならないはずが無い。可愛げがある方がいいに決まっている。自分だったらそうである。 「気になるなら化粧落とすわ。」 このホテルに来る以上最低限めかしこんできただけだ。 リリーナが焦った。 「え、あ。いいの。そこまでしなくても。」 「リリーナに容姿云々言われるとは思わなかったわ。世界に通用する美人でしょ。あなたは。」 からりと言い放って片目を瞑る。そんなところがまたあと腐れなくて素敵だった。 とにかく部屋に行きましょとリーブラの時と同じようにリリーナを促した。 横に並ぶと同じくらいだったはずの背が、今ではヒルデの方が小さかった。 本当に・・・デュオの気持ちがわかった。 彼女は庇護すべき女性なのだ。 おめでたくないと言うなら、デュオにはつらいかもしれない。いまだ平和はまだ張りぼてのようなものだ。 でもヒルデはこんなふうに快活で、今の平和に必要な強さを持っている。 「・・・。」 部屋に入る。 ビジネスに主に使われる部屋なので調度類は過剰ではない。リビングと寝室とドレスルーム。 ヒルデは窓辺に行く。セキュリティに重点の置かれた部屋だ。窓ガラスは防弾で。 武器の無い世界というのはまだ少し夢物語なのだろうと思えた。今回の事件がいい例だ。 ふんわりとした紅茶の香りがした。リリーナがテーブルに用意してくれている。 リリーナは薄い青のワンピースを着ていた。蜜色の髪なのもあってそんなふうに紅茶を入れているさまはまるで童話のようだ。 「ありがとう。リリーナ。」 ヒルデがそこから声をかける。少し高めの、だがよく通る声だ。 「どういたしまして。」 「すごいセキュリティね。こんなだと自分が置かれている状況理解して、リリーナ逆に怖くない?。」 「平気。慣れてるから。それに少し鈍くなってるのかもしれない。」 「うーん。さすがねといいたいけど、ご苦労様って言っておくわ。褒めるところじゃないような気がするし。」 ヒルデは肩をすくめる。 「早くリリーナが自由に暮らせるようにしたいわね。」 「ええ。すごく楽しみにしてるわ。」 リリーナが微笑んだ。 そしてティーポットとカップと淡いピンクと青と白の砂糖菓子を添えてくれる。 「素敵素敵。アリスのティーパーティしましょ。」 「?。」 ヒルデは言うが早いかクッションを持ってきて窓辺に座る。 リリーナはトレーを足元において窓の外を見る。コロニーの内壁の夜景が見えた。 なるほど自分達が小さく感じる。 「ほんと。素敵ね。」 ガラス越しに上空へと延びるコロニーの夜景を眺めていた。 隣の部屋の付けっぱなしのニュースがうるさい。 逐一、彼女の行動を教えてくれる。 様々なメディアを通して世界中に伝えられていることだ。 「・・・・。」 誰もが彼女のことを知っている。 ・・・けれど、 彼女の思いはこの胸にある。 明日・・会える。 午後10時ジャスト。 テレビのトップニュースはリリーナのL1滞在についてで、アナウンサーが今日のリリーナの一日について口早にしゃべる。 <外務次官としての仕事を終えた後、そのままここL1で休暇に入られるそうです。> リリーナがL1コロニー代表団の中に入っていくところから、L1「KIOホテル」に入るまでのリリーナの様子を追う映像が流れた。 外交官としての調査、会議、交流を深めるためのディナーまでリリーナの一日はいつ見てもめまぐるしい。 今テレビが伝えたとおり、彼女はホテルにいる。 友人を招待していることをホテル側が配慮してくれたためかマスコミが騒ぐことも無かった。 作戦にリリーナを組み込むことにしたのはリリーナが休暇を取れる状態にあったからだ。報道では地球側とL1コロニーとの外交目的でリリーナがやってきているとされているが、本当は違う。 休暇をL1コロニーで過ごすために来ているのだ。 作戦に協力してもらい、ヒルデのボランティア活動を手伝うために来ている。 しかし、L1の代表団はリリーナをよりどころにして片付けたい問題がいくつかあったらしく、外務次官としての仕事をリリーナはしなければならなかった。 元々5日あるはずの休暇は4日になってしまっていた。 そして急遽ヒルデにホテルに行ってもらったのだ。 明日のタイムテーブルとして10時半に部屋を出てもらい、駐車場への直通エレベータで地下に降りてヒルデの車に乗ってもらう。 車が出るときには身分証明のスキャンが行われるのでヒイロがそれをリリーナの分だけ遠隔操作で抹消する。そうすればリリーナは部屋にいることになる。これはマスコミ対策だ。ホテル側は明日リリーナが自由行動を取ることを知っている。 明日は極力慎重に外に出なければならない。特にマスコミは要注意で見つかるといろいろ面倒だ。 これから始まる作戦に支障が出える。 そして何よりリリーナの少ない休暇である。プライベートを守らなければならない。 テレビではリリーナが休暇中にセントラルセンターの「戦災孤児保護福祉対策本部」管轄のボランティア団体との交流をするということをアナウンサー達が評価しあっていた。 テレビをつけはなしたまま、ヒイロはリビングを出て、隣の自室に入った。 様々な形態のソフトウェアが散らかる机の上を片付け始めた。 明日使うソフトが組み込まれただけの小さな端末は、着替えと一緒にベッドに放り出されている。 椅子に腰を降ろしおもむろにヒイロは引き出しから真新しいナイフを取り出した。万が一戦闘になった場合の手持ちの武器である。 銃は持っていかない。必要ならば相手から調達する。 「(・・あまりリリーナを前にしてこういうものは持ちたくはないな)」 任務の前にこんなことを考えることが多くなった。 手を進めながらも任務に関係ないことを思いつく。 考えるだけの余裕があるからなのだろう。 作戦に支障をきたすようなものではなかったから別に問題はなかった。 ヒイロはナイフを置いて、デスク上の本棚からアルバムを引き抜く。 シートには閉じ込まず、その真ん中のページに挟んであっただけの一枚の写真を手に取る。 写っているのは自分だ。 クレーンを操作する計器類を任されていた自分が振り向いた瞬間に撮られたものだ。 裏には自分のプライベートナンバーが、黒のペンで上方に書かれている。 写真をまじまじとみて、 そしてあきれたように溜息をついた。 自分も人のことを言えない。 「(大学の奴らもいい加減なこと言っていたな。)」 再びか溜息をついた。 アルバムのページを捲っていく。 アルバムに閉じられた写真の多くは建物などで大学で出された課題の設計図を書くためのものだった。が、大学では何かと写真を撮る機会があってそういう集合写真が何枚かある。 リリーナに渡す写真はシャトルの開発センターの組立工場を手伝った時に撮られたものだ。 カメラを向けられることはなれないことではあったが、カーネルが楽しそうに撮っているのに好意を覚えて、仕事しろと言う反面、顔をそちらに向けるというのに抵抗がなかった。 そして切られたシャッターはそんな心の動きを捕らえていた。 大学の知り合いは皆いい奴ばかりだった。 年下の喜怒哀楽のあまりない自分に気さくな態度をとる。仲のいい「知り合い」も増えている気がする。 友人と呼ばないのは、まだ自分には後ろ暗いところがあるからだ。 大学の奴らは自分が戦争をしてきたやつだとは知らない。 ましてあの戦争で最後まで戦っていたなんて思いもよらないだろう。 そのうち話せる時も来るだろうが、今はまだこの能力を使ってやらなければならないことが山ほどある。 明日も戦後処理の一環として作戦行動を取る。 カリエルトたちのコロニーの脱出のサポートと、企業摘発のサポート。 場合によっては戦闘もあるだろう。 けれど・・・。 「(明日がある・・)」 リリーナと出かけることになっている。 そして明後日はボランティアの手伝いが入っていた。 いつのまにか、一週間後の予定まで自分にある。 任務の後にもそれがあるのだ。 引き止める声が増えていた。こうした生活をしていくうちに。 自分の命の重さを感じている。 死ねない自分になっていく。。 「リリーナ」 思わず呟いた。 そう思う影で自分の命を軽んじる自分がいる。 破壊工作員としての体が、戸惑いを覚える。 命の重さを安いとチャンネルを変えることは簡単なことだ。 けれど、今、世界は平和へと向かっている。 命を奪い合わない世界にするために自分こそがまず命を思わなければならないのだ。チャンネルを変えることは平和への後退を意味するように思えた。 ・・・早くリリーナに会いたい。 会ってこの戸惑いは悪いものではないと安心させてほしい。 ヒイロはナイフを鞘に戻して椅子から立ち上がった。 ナイフと携帯にナンバーが書かれた写真を明日着るジャケットの内ポケットに差し込んだ。 振り返り見上げれば上空に延びるコロニーの夜景。 窓辺から臨む。 己の小ささを感じるならまだマシか。 リリーナ。 怖いのは、おまえの傍に俺が居ないこと。 不安になるのは、俺の傍におまえが居ないこと。 俺の思いのかたち。 明日会う。 ・・・・・・・おまえに会える。 [10/3/19] ■ヒルデの描写をリリーナに。 あー、入れられてよかった。 ヒルデは如月の中でこんなかんじなのです。 タイトル違いますが、この時間軸は如月が勝手に挿入した日付〜。 小説目次に戻る ← → |