Holy Day 8.4日-evenig. ホテルの部屋まで走った。 デュオの案内は人目を確実に避けるものだった。爆発騒ぎでマスコミがそちらに集中してもいる。 地下駐車場からは直通で往路と同じだ。 リリーナはホテルにいることになっているので、ここまでくればあとは通常の業務に戻るだけだった。 部屋に入り、リリーナはデュオに向き直った。 「ありがとうデュオ。あとはお任せください。」 胸に手を当ててリリーナは晴れやかに笑った。 「・・ああ。」 「・・・。」 リリーナは微笑んで回れ右をしシャワールームへと消えていった。 「・・・。」 ヒイロの返り血を洗い流すためだ。 デュオは溜息をついた。 そこに一本の電話が入ってくる。 自分の端末だ。 「・・・・?。」 訝る。知らない番号だ。 用心して出てみる。 「<デュオっ。デュオってばっ。>」 受話器から盛大な呼び声が聞こえた。 「・・・・・ヒルデ。」 「<あーよかった。こっちの回線生きてたんだ。>」 大声で呼んでおいてその言い草である。 「・・・・なんで知ってんの?。これ俺とヒイロの回線だぜ。」 「<ヒイロから教えてもらったに決まってるでしょ。>」 だから融通してもらえるのがどうしてヒイロなのだろう。 「<っで、用件。ヒイロ、無事だから。>」 「・・・・。」 不愉快極まりないが、ヒイロが無事なのはすごく嬉しい。 「<サリィさんが来てくれたの。よかったわ。頚動脈はいってないって。銃の裂傷より、そのあとに殴ったのが良くないって。殴ったせいで余計首の皮裂けたって・・・あー言ってて気持ち悪い・・・。>」 「ヒイロが自爆したって聞くよりずっとマシだ。」 「<・・・・・ヒイロ。そんなことしたの?。>」 「・・・。」 OZがコロニーを楯にしたことをコロニー市民は知らない。 そのためにガンダムO1のパイロットが犠牲になったことなど、もっと知られていない。 「無事だったから嬉しかったけどな。でもそれがわかった時、俺、ヒイロに殺されかかってた。」 「<・・・・・あなたたち3人の出会いっての、まだ聞いてないんだけど。>」 「あー・・・・・。」 デュオが上目使いに天を仰いで言葉に詰まる。 ヒルデの声に苦笑が混じった 「<・・そのうちにしておくわ。今は。とにかくたくさん血が出たから貧血には違いないから一日は入院。デュオ。そうリリーナに言っておいて。>」 「シャワー浴びてるけど。のぞいていいなら言っておくけど。」 「<ヒイロに殺されてもいいならどうぞ。>」 「気に入らないなら怪我なんかしなきゃいいんだ。べったりガードしてろっての」 「<そりゃそうね。>」 その時デュオが息を呑んだ。 「は・・・・?・・・!、シャレになんねぇ、マジ殺す気か。」 「<・・どうしたの?。>」 後ろから壮絶な物音がした。 突進してくる気がした。 「わりぃヒルデ。あとよろしく頼む。」 がつんと携帯端末を机にのせる。 そして、ドアの方に逃げる。 「お嬢っ。携帯なら机っ。相手ヒルデっ。」 そしてばたんとドアが閉まる音がした。 受話器が上がる音。 「ヒルデっ。ヒルデっ。」 「<リリーナ。>」 ええと、 ヒルデはこめかみを人差し指で押さえながら会話を思い出す。 シャワー浴びてたんだよね・・。 ヒルデはデュオが逃げていったのだと理解する。 そりゃ・・逃げる。 「ヒイロは?。」 切羽詰った声で何の挨拶もなしにそれだけを尋ねられる。 リリーナ服着てる?とさすがに聞くのもなんだった。 「<無事よ。血はいっぱい出たけど深手じゃなかったから。輸血する必要もなし。明日には退院出来るわ。>」 「・・・そ・・う。」 震えと安堵が混じったような頷きが返ってきた。 「シャワー浴びてたんでしょ。温かくして、それから会見に臨んでね。夏でもコロニーは暑くないから。」 「・・・・・・・・・はい。」 シャワーのしずくが頬を伝い顎から落ちた。 ヒルデの自分を労わる・・そして彼女が生きている声が優しかった。 デュオはペントハウスの部屋のドアにもたれていた。リリーナがシャワーに戻ったら携帯端末を返してもらうため待っている。 頬肘をついていた。 見るつもりはなかったが。 あの勢いだから目の端で見えてしまった。 服は着ていた。 「・・・・・。」 彼女は私服のままだった。 「(・・・こらえてんだな。)」 いろいろ・・一応・・彼女なりに。 デュオは心の中で思う。 一応がつくのは、ヒルデを壁にして行動する神経に対してだ。 出会いについて少し尋ねられたが、リリーナの無神経は当初からのもので。 恩とか義理とか、序列とか上下関係とか保身とか、そういうものをまず念頭に置かない。 だから戦後の基礎を作る時代の大統領候補をやってられる。慣習を打破する神経がいる。 ただ本当に無神経なら機械と同じだ。 全身ずぶ濡れで頭にタオルだけ被せていた。 頬は白く青ざめていた。 血は水でなければ落ちない。 「・・・。」 背後のドアの向こうからシャワールームのドアが再び開けられる音と、閉まる音がした。 「(しゃーねーな。)」 デュオは立ち上がった。 リリーナは会見に臨んだ。白いハイネックにスーツを着込み簡易に公の姿を装う。髪は結い上げて丸めてトップで留めておいた。 会見場はホテルの会議室にセッティングされ、白いテーブルと多数メディアの収音マイクが並んだ。 「お待たせしました。」 休暇中でホテルの部屋から出てきたようにリリーナは振舞った。 「今回のL1訪問は細月グループに関することだったのですか?。」 質問が飛ぶ。 「はい。」 そしてリリーナはマイクに向かって言葉を続けていく。 「休暇が目的でしたが、全ての事柄から離れるつもりはありません。この件はかねてから報告があったものです。私の元に入っていた情報は、細月グループのクレセント社が軍事産業にかつて参入していたという情報と、L1で銃の売買が行われているというものでした。」 凛とした態度で呼びかける。 「私に元に入っている情報は多くはありません。周知されていた方はL1の警察に真実を伝えるようよろしくお願いいたします。」 リリーナはこの事件を表沙汰にするだけでいい。 地球圏統一国家側はL1の自治に介入はしないということをコロニー側にも地球側にも、リリーナの姿勢は伝えた。 「こっちに入ってくるマスコミの情報は警察に流す。警察の情報はマスコミに流す。外務次官がそう言っただろ。」 ホテルのペントハウスに戻ると再びデュオがいた。机上の電話に出ている。 「?。」 リリーナは首を傾げた。デュオも一瞥しただけでモニターに戻る。 そのモニターをリリーナは覗き込むと、警察の情報とマスコミの情報が寄せられていた。 どちらもリリーナに様々な是非を問うている。 リリーナは眉をしかめた。もう一度デュオを見る。彼は軽くうなずいた。 それはリリーナが感じたことへの肯定だ。 「今更地球圏国家に介入してもらいたいのか?。」 いつもより真面目なデュオの声。 電話に出たからには相応に応対する。 「違うだろ。」 相手の感情をいさめていく。 「外務次官は全面的に公開する。外務次官だってこれから大統領候補なんだぜ。クリーンでいさせてやれよ。もちろん後ろ暗いのは迷惑。コロニーの政治にはノータッチ。」 デュオははっきりと断言していく。 「んあ、サイン?。俺のでよかったらするけど?。」 相手が要らないと言った。 「自信持ってくれな。L1がそうだとL2が図に乗るぜ。」 お役所というのは相手が外務次官だと尾を振るが、同列似たもの同士だと闘争心がくすぐられる。そんなふうに煽っておいて、そこで通話は終了した。 「勝手に電話に出て悪かったな。あんまり御意見伺いが多いんでさ。」 「いえ。助かりました。・・・代表の方があなたと同じような考えを持ってくれたらいいのですが。」 「技術畑の人間がコロニーの人口を占めてるもんだからな。政治に不慣れだし、その上統治されることに慣れすぎてるからな。お嬢さんの是非に乗れば間違いが無いと思うんだろ。」 「・・・・。」 「でもそうじゃない。それ迷惑だろ。」 先のクーデターはそこから起きた。 「ええ。」 リリーナが苦笑する。 「あなたたちと話していると思わないのですが、こうして代表の方々と話していると時々思います。」 「・・・・。」 「そして私がどうして迷惑であるか教えられる人が残念ながら今、コロニーにはいません。」 「・・・・。」 「私が私のことを言っても伝わりませんし。」 「・・・カリスマ強すぎて女王にもなっちまったもんなー。今更指導者が指導者なんかいらないって言っても説得力ないもんな。」 デュオは端末を全て閉じる。 「さてと。」 情報の横流しの作業は済んでいる。 さすがに外務次官のところに入ってくる情報は一級品だ。 クレセント社関連意外の情報もいくつかあった。 ヒイロが前にプリベンターに融通した便乗テロリストの方だ。 なるほど地球の方がやばい。感だが、たぶんトロワが動く。 「それじゃ行きますか。」 デュオはドアを指差してリリーナに片目を瞑る。 「?。」 「ぜーんぶ仕事はキャンセルしておいたぜ。後回しも無し。全部おまえらでやれということで。」 「・・・・。」 あとがどんなふうになっているのだろう。 恐い気もしたが、でもそれがコロニーの自立になるとも思えた。 「来いよ。マスコミから逃げるのなんて簡単だぜ。」 「・・・。」 リリーナはスーツの上着だけを脱ぎ、髪を留めているピンだけ外した。 それを机に放ってデュオのあとを行く。 ドアから出て、エレベータにて3階の一般客用フロアに行く。そこから一般客用レストランに出た。 そのホテル用レストランの駐輪場に何気なく停めておかれていたのがデュオのバイクだった。 案外簡単に出れて驚きだった。 デュオはバイクに跨った。リリーナも後ろに躊躇なくまたがる。 シートに手を固定して彼女は平然としたものだ。 マスコミに追いかけられることなく、ヘルメット無しで走り出した。 トップで結ばれた髪がコロニー風に煽られた。 病院はやはり軍施設であった場所で少し市街地から離れている。一般の病院指定にはなったが、VIP優先など特殊病院であることは変わらない。 バイクのため、すぐに病院の駐輪場についた。 デュオのあとをついていく。病棟の中を行き、フロアに出る。 「1347。そこがヒイロの病室。」 「ありがとうデュオ。」 「どういたしまして。」 行こうとするがそれ以上デュオが来なかった。 リリーナは訝んだ。 「あなたは?。」 「俺?。俺は後始末があるからさ。あとのことはヒルデに任せたらいいよ。明日ボランティアだろ。」 「・・・・・。」 こんなふうにてらいなく彼は人に優しく出来る。 して欲しいことがわかる。そのための行動してくれる。 最初から身勝手な私相手にそれが出来るのだから、それは分け隔てないもののように思えた。 ヒルデはどう思うのだろう。わけ隔てなく優しいということを。 彼女の彼を語る笑顔に対して、それは愚問だった。 リリーナはデュオに向き直った。 「あなたはヒルデを愛している?。」 ヒルデの名前がデュオから出たのだ。だから尋ねた。 あっさり答えが返ってきた。 「愛してるよ。」 嘘偽り無い。 「・・・・。」 情熱的な言葉なのに、動揺もなにもない唇に音を乗せただけのような言葉だった。 リリーナは悲しくなった。 終わってしまったのだろうか。 無いとは言えない。 いずれお互いの立場を超えて、この先の未来で会うこともあるだろう。 「・・・今回みたいな奴らがまだ多くいる。俺は見過ごせないと思う。」 ヒルデとのことをリリーナもまた訝っているのがわかった。 デュオはリリーナを斜に見る。 「残党の恨みを買って、ヒルデを傷つけたくない。あいつはお嬢やヒイロたちとは違う。」 「・・・・。」 喪失の恐怖にリリーナもまた怯む。 リリーナは口を一度引き結んだ。 だが、 その未来が今であってもいいはずだ。 「あなたが守りきればいい。」 決然と言い放つ。 「リリーナ。」 「・・・。」 リリーナはかまわずに続けた。 あなたは強いからいい。出来る。私とは違う。 デュオはヒイロだって助ける力があるのだ。 「あなたにはもうそれだけの力があるわ。」 リリーナが口にしたのは女がよく口にする非難ではなかった。 だがなじられるよりも諭されるよりもそれは厭味で辛辣だった。 「・・・・。」 「大きな軍がなくなり、個人でも武器を持たなくなる時代に、あなたに勝てる人はもういないのよ。」 俺の思いをないがしろにして勝手なことを言う。 だがそんなこと最初からだ。 「だから大丈夫。」 正面見据えてこんな臭い台詞を大真面目に言っているから本当に笑えない。 リリーナは進言のつもりだろうが、そこに諾否なんかない。 今更恐怖をいい訳にさせない。 ガンダムのパイロットだったのだから。 「デュオ。あなたから見れば一般の人たちのほとんどは弱くて壊れそうな存在かもしれない。」 だが失うことが怖ければ最初から関わらなければいい。 「けれどその手を守ろうとするのは何故ですか?。」 泥臭くその手こそ守ろうとする。 「それはそういう奴らが好きだから。」 弱くて惨めで情けない。 機械じゃないから、弱くて恐がって、逃げたり負けたりする。 馬鹿だったり、出来なかったり、運が無かったりする。 でも生きている。命を繋いでる。 ヒルデはその最たる女で。 「俺は、そういう奴らが好きなんだ。」 人と関わりたい俺が、向き合わなければならない思いだった。 デュオは踵を返してそのままフロアを後にしてしまった。 リリーナはその後姿を見送って、彼の姿が見えなくなると目を伏せた。 私には何の力も無いのかもしれない。 リーブラでヒルデに言った。 「・・・・・。」 ただ言葉に嘘はない。 守ることが出来る。 泥臭くどこまでも。 「不安なんて贅沢だわ。」 リリーナの呟きは女であることの嘆きの壁に向けられる。 その先の・・最終的にはヒイロと共にいられる強さを持っているのだから。 「・・・・・。」 やるせなくてリリーナは踵を返した。 ヒイロのいる病室に入る。 「・・・・。」 ヒイロはいた。個室の左側。窓のレースカーテンが柔らかく室内を遮光する。 「・・・。」 そしてほらと思う。 デュオでなければ、ヒイロが病室で寝ているところになんか遭遇できない。 リリーナは丸椅子を持ってきて傍に座った。 ヒルデはいない。何か話しているのだろうからここで待てばいいのだろう。 「・・・。」 待つという時間が今ここに落ちていた。 それは恐ろしく静かで、そして切なく穏やかだった。 髪に手を伸ばそうとしてやめる。 今ここにいることを悟られないのが不思議なくらいだから。 きっと起こしてしまう。 視線だけ向ける。首に包帯を巻かれて痛々しい。 ・・・。 だが、ヒイロにしてみればこの病室は厚遇過ぎるだろう。 リリーナはベットにうつぶせた。 ヒイロの病室はいろいろなものを思い出せた。 ヒイロが軍事病院で縛り付けられた姿。L1で病院に連れて行ってもらえなかった父。 瓦礫の下敷きになった父と、リーブラの天井パネルから庇って死ななかったヒイロと。 何が違うと言うの。 心が痛むのは変わらない。 一縷の涙がこぼれる。それは誰も知ることのないリリーナの嘆き方。 「・・・・。」 ヒイロは一度拭ってくれた。 ただどれだけ心を痛めても、彼らが立ち止まることはないのだ。 彼女の姿を見つけて、リリーナと呟きかけてやめる。 二人して眠っている。夕刻の遮光が室内を温かく包んでいた。 ヒルデは踵を返した。 デュオが連れてきたのだろう。 だとしたら後始末は大変なものになっているはずだ。ヒルデは病院から出る。 検査がなければさっさとやろうと思っていたことをやりに行くのだ。 「・・・・。」 ヒイロを病院に連れてきた際に自分もまたサリィに捕まってしまった。 リーブラの脱出の際の怪我。正直言われるまで気にしていなかった。 特に頭を強打していたのでサリィはその予後を心配していた。 そんな仰々しい怪我じゃないと笑い飛ばしそうになったが、ヒイロに睨まれたので大人しく受けた。 しぶしぶ受けた検査結果は良好で、やはりほっとしたのは間違いない。 ヒルデは昼間買い物をした街に戻る。コインロッカーから荷物を取り出した。 住所なら知っているのでそれを届けに駅に行き、箱型シャトルでBエリアに移動する。 6時。コロニーが太陽光を消灯する時間。ヒイロの家のポストにそれを投函した。 Bエリアでの用事はそれだけで、Cエリアの自宅に一度帰るため回れ右をする。 明日は予定通りリリーナにボランティアに来てもらうつもりである。 あのままそっとしておいてあげたいけれど、ここL1に来た滞在理由だ。 ヒイロに会いに来た。本当はそれだけなのに。 やるせない思いで空を見上げる。 「デュオにもう少し頑張ってもらおうかな。」 私の傍にいるのは辛いかもしれないけれど。 歩きながら携帯端末を操作してデュオにメールを送る。 リリーナを連れ出して私の自宅まで連れてきてもらおう。 ボランティアの場所の孤児院に一緒に行って、そのあと私は病院にヒイロを迎えに行こう。 デュオにはそれまでボディーガードしてもらって。 単純計算をしながら歩き出していた。 イルミネーションのようなコロニーの内壁が見える。 振り返るとウェザーシステムモニターが雨を予告していた。 ヒルデは雨にあわないようにシャトルステーションに走った。 ・・・夕方の時間はもう過ぎ、あたりは夜になっていた。 病室の明かりは消されていた。 かすかに病室が明るいのはコロニーの内壁の夜景のせいだ。 貧血から回復してヒイロは薄っらと目を開けた。 白い天井には窓辺の影が映っている。 6時間ほど寝ていた。9時ごろか。 別に支障は無い。後のことはデュオに任せていた。 血が薄いのでもう一度寝なおそうと思って布団にもぞもぞともぐりこんだ。 「・・・!。」 静かな病室のもう一つの規則正しい寝息がヒイロの耳元に伝わった。 香りと気配。 はっとしてそちらの方に首を向けた。 「痛っ。」 激痛が首筋に走る・・・分厚い包帯の甲斐も無い。。 別にここまで仰々しくされるつもりは無かったが、大人しく寝ていないとヒルデが彼女自身の精密検査を受けないと言うので大人しく寝ていた。 ・・ヒルデは今日の検査もあるが、リーブラからの脱出の際の怪我の予後の確認の方が重要だった。 大丈夫なのにというヒルデをサリィは問答無用で連れて行った。 ヒイロは首の傷を圧迫しながら、寝返りを打った。 うつぶせて眠るリリーナを起こさないように。 今日はもう来ないと思っていた。 リリーナは起きなかった。 傷を押さえた手をリリーナ側に倒すと彼女の手に触れられた。そのままそっと指先だけからめる。 疲れたのだろう。怖かったかもしれない。部屋の中は十分に温かかったからそれで寝てしまったのだろう。 彼女の寝息が鼻筋に掛かる。 ヒイロは目を閉じた。 もう少し眠ろう。彼女と何の隔たりも無いこの場所で。 デュオはリリーナと別れてクレセント社に赴いていた。 武器の押収状況を見ているのだ。 隠し場所など漏れが無いかも見る。 表沙汰にしてもやることはある。 「・・・・・・。」 ヒルデからメールが入っていた。 雨が降るよと。 この回線は正直複雑でいくつかの設定をしなければならない。 ヒイロから教えてもらったというのはずいぶん前になるはずだ。 それをずっと使わないでいて、 でも今こうして使ってきた。 ヒルデは俺に、こんなふうに甘い。 「・・・。」 コロニーのために死ぬ覚悟なら出来ている。 彼女の激しく時に短絡的な意思から全く変わっていなかった。 彼女の生死を嘆くなら、 確かに俺は彼女の意思を冒涜していることになるのだろう。 Say GoodBye Duo 少し、恨んでもいいか。 どうして一人で帰った。 MO2での思いは、もうこの思いしか残らなかった。 Cエリアもまた雨が降っていた。 雨が足止めしてくれていた。 Cエリアステーションから続くアーケードの出口でヒルデはあと10分で止む雨を待つことにしたのだが。 夜。しかも雨。 でも見落とさない。 その黒い立ち姿。 出口の先の交差点の向こう側のインフォメーションスポットの軒先に見つけた。 「・・・・。」 交差点がグリーンになって雨避けから歩き出したのはデュオの方だった。 ヒルデは胸が詰まった。 それだけで嬉しい。 デュオが歩いてくる。 背丈が伸びて、横顔は精悍で。 それでも平気な振りをしてヒルデは彼に笑った。 「デュオ。もういろいろ終わったの?。」 「大体な。情報処理とカリエルトのところの荷物を送るだけだ。」 「リリーナのも終わったの?。」 「んー。それは終わったと言うより役所に押し付けた。おまえの両親困ってるかもなー。」 「はは。まあ何とかすると思うわ。頭脳集団でも技術の方のじゃないから。型にはめていくのはね。でもリリーナのやっていることって定型には収まらないから、やっぱり困っているかもね。」 肩を竦めた。 「じゃ、明日にでも電話入れて様子聞いておきます。もしかしたら手伝ってあげないと。」 「おまえって、アテにされてるんだなー。」 デュオは呆れ顔だ。 「もちろん。親孝行してますから。」 ヒルデは笑顔だった。 雨が上がる。 「家に来て。少し休んだ方がいいわ。ヒイロとリリーナが休んでいるうちに。」 そう言って歩き出す。 くれたメールでもわかったが、ヒイロの病室にリリーナがいるのをヒルデはちゃんと知っている。 ヒルデは民間人なのにこうして普通に気が回る。だからヒルデと一緒にいると本当に普通に物事が片付いていく。 「・・・ヒイロはどうだ?。」 「ん、まあまあだけど貧血ね。でもリリーナがいるから大丈夫よ。平和の女神がいるのに死ぬわけない。」 「それお嬢さん言われたくねーだろうなー。」 「死神と似たようなものでしょ。」 女神と死神を同列にしてこだわらない。 「それさ、おまえって神様信じているんだか信じていないんだか、よくわからねーぞ。」 どこをどうしたら同列なのか。でもそれに対してのコメントはもっとフェザー級に軽かった。 「あれ、デュオってもしかして信心深い方?。」 だったらごめんとヒルデの呑気な返事に、だからどうして俺が信心深い方になるのか、前髪を押さえて苦悩する。 「・・・。」 知らなくて当然だよな。俺は何も話してない。 同情されるのはごめんだったから。 「・・・・。」 ただヒルデはどうだろう。 コロニーのために死ぬ覚悟なら出来ていると言う。 その衝動的な激しさを持つ彼女なら、過去に死んでいった人を悼んでも憐れまないように思えた。 ヒルデの背を追いかけながらぽつっと呟いた。 「マックスウェル教会の惨劇。」 それだけで、わかりすぎる。 デュオは教会にいたということ、ファミリーネームにしていること。 惨劇と言うからには歴史に残っている戦闘が起きたと言うこと。 ヒルデは目を伏せた。 「・・・・ごめん。知らない。」 「最近だからな。史料に載ったの。」 「そこにいたの?。」 「ああ。」 デュオはヒルデの先を歩き出す。 どんな顔をしているのか自分でもわからないから。 「俺の名前。」 「・・・。」 「自分でつけた。」 淡々としているのは伝えにくいから。身の上を語ることなど言いなれていない。。 「デュオってのは、ソロっていう奴が俺の傍にいるからだ。マックスウェルは、俺を預かってくれたその教会の名前だよ。」 「・・・・。」 「伝染病とコロニーの武装化でみんな死んだけどな。」 なんて凄惨な過去だろう。 その中で一人生き残る苦しみ。 ヒルデは自身の狭量に立ち止まってしまう。 家はもう目の前だけれど。 「・・・。」 デュオが気づいて戻る。 「・・・・。」 ヒルデは何も言わなかった。 やはりそうなんだと思う。ヒルデは憐れまない。 それなら聞いて欲しい。 そっと手を伸ばす。顔を上げて目を見て、聞いて欲しい。 背がだいぶ伸びてしまったので顔を上げてもらわないと目が合わない。 髪を指先で梳くとヒルデはその顔を上げた。 「人間の命なんて簡単に壊れてしまう。そう思ったし、わかった。」 「・・・。」 デュオが笑わずにいた。 「デュオ?。」 「だけど死んでしまったみんなは強くていい人たちだった。憧れるほど強い心と意思を持っていた。」 絶対に失いたくなかった。 「俺もそこにいたのに、俺は死ななかった。」 あの優しかった日の光景とヒルデが重なっていく。 「悲しかったよ。」 「・・・。」 「・・・・ヒルデ」 頬を撫でて外し、真正面から見据える。 街灯が彼の横顔を照らした。 「俺は人が武器を取ることを許せない。」 ヒルデも見つめ返す。 デュオがもっと先の未来を話しているのだとわかった。 「だんだん減っていくことを願うけど、これからも続けるつもりだ。」 死神の名を最後まで背負う。 その気持ちは今でも変わらない。 「だから逆恨みする奴はいるだろうし、本当は出来るだけ仲のいい奴は作らない方がいいのかもしれない。」 柔らかいコロニー風が二人を撫でた。 「だからおまえも傍においとかないほうがいいと思った。失った人たちみたいになるのは嫌だったから。」 死ぬ覚悟なら出来ているという。 馬鹿にするなという。 それがヒルデの自尊心ならば俺は確かに馬鹿にしていることになるのだろう。 「・・・。」 あなたはもう強いから大丈夫。 そのプライドを尊重するかどうか。 ヒイロとリリーナの言葉が俺を押す。 幸せに出来るのだから、と。 デュオは呟いた。 「でも別に、いてもいいよな。」 軽い声で言った。だけどやっと押し出した言葉。 ヒルデがわずかに身を竦ませた。 「傍に、いても。」 ヒルデは受けとめてくれるだろうか。 「・・・。」 答えは一つしかない。 あとは素直になれるかだけ。 シンプルにリリーナが言う。ヒルデはデュオが好き。 ヒイロがかまわないはずだと言う。 あの二人に少し背中を押してもらう。 「うん。」 ヒルデはくすぐったそうに笑って頷いた。 ・・・・たぶん、少しだけ恨んでいた。 2年前。 一人帰ってしまったこと。 一人にされたこと。 そっとデュオは指先でヒルデの頤を持ち上げた。 ヒルデは引き寄せられるまま仰のいて、そして目を閉じる。 重ねた唇は熱を上げて、 その両腕はお互いの体を掻き抱いた。 [10/5/25/] ■弱いなりな奴らが好き。 くじける奴らも好き。それが人間だから。 ちなみにヒイロは弱い奴が嫌い。 んでデュオは機械に負けたくない。 とにかく人間が好き。 小説でもアニメでも戦場へと再び戻るデュオを、 見上げたヒルデをもう一度見る。 置いていかれたヒルデを見る。 ブルードットのリーフリ機購入。 英語で見れるわ〜〜心置きなく。 小説目次に戻る ← → |