カイロ・アレクサンドリア 5.マルセイユ ここから始める。 そうして歩き出した先にあるのは、贖罪という死だった。 海鳥が穏やかな丘陵地帯を横切って、飛んで行く。 振り返ればマルセイユの港に続く街が見えた。 「・・・・。」 市街地に及んだOZの空爆から3年。マルセイユは焦土にはならず、戦闘の爪痕を残すも建物は残った。 戦後、市民は瓦礫を元に修復を開始している。 その方法は時間はかかる。が、マルセイユは穏やかに往年の町並みを取り戻そうとしていた。 「・・・・。」 ヒイロは空港から民間のシャトルバスでマルセイユ港まで行き、そこからは歩くことにしていた。 石畳の緩やかな坂を少し上る。広場があり市場が開けた。 避難した市民が街に戻り、市場が開かれるようになった。 南仏の豊かな土壌資産と地中海の漁場を持つマルセイユならではの食材でそこはあふれ、真っ先に活気づいていると言えた。 市場に花屋が見えそこにヒイロは足を向ける。 10ほどのバケツに無造作に入れられた花はどれも生き生きとしていて、花が咲きそろう5月のシーズンならではだ。 墓に供える花を頼む。 「白百合でいい?。」 花屋に尋ねられる。 頷き50ほどの金を手渡す。 「綺麗だからトルコキキョウも入れるわね。」 手際良く花が束ねられていく。 広場の路肩に四駆を止めた。 「・・・ヒイロ・ユイ。」 市場にその姿を見つけて、ポツリと落とすように呟いた。 シルビア・ノベンタは運転席のドアを開けた。クリームのパンツスーツの裾を払いながら、そっと降りる。 律儀ね、と嘆息したのは相変わらずという気持ちがあるからだ。 殺した相手の墓を訪れる。その心境は弔うということではないということをあの時に知ることになった。 彼は私に銃を突き出したのだ。 シルビアは目を伏せる。 先日祖母は彼に遭遇した。そしてそこで彼は気持ちは変わらないと言ったそうだ。 実に3年前、彼はテロリストで殺人者だった。 「・・・。」 だが、その後、彼は戦争に貢献した。 平和への戦争に貢献した。彼はリーブラとの戦闘で赤いモビルスーツと対峙し、リーブラの破片から地球を守った。1年後のクーデターではシールドを破壊させた。 連合で言うところの勇気ある英雄と言えた。 そして、地球圏統一国家は3年前の戦争を戦争状態とし、戦争による殺人を是としている。よって兵役についた者に略奪等私的行為をのぞいて戦犯を科せられることはなかった。 だから戦争状態とした戦争の後に、彼は英雄であり殺人者ではないと言えた。 当然皮肉も語られている。 所詮英雄も殺人者で戦争犯罪人だろうと。 ただ・・目の前の彼に、3年前との違いを見いだせない。 その名が英雄として語られることも無い。 彼がこちらを振り向いた。 シルビアは彼に向かって歩き出した。 「・・・。」 それは彼が自身を殺人者としているからの他ならない。 祖母とのアポイントは確か来週。 「来ていたのね。マルセイユにはお仕事?。」 アレキサンドリア宇宙港は、地方空港のアクセスに力を入れていた。 欧州からの移住を喧伝するためである。 この他コロニーとの人的物的流通コストを抑えるなど、当空港側の市場戦略には余念がなかった。 祖母が言うにはその市場戦略を立てているのが目の前の彼らしい。 戦争の特攻兵がいきなり管理職というのは彼の側面が多彩というにはあまりにも極端で、微妙だ。 だが一面なのだろう。 「・・・それは済ませた。」 「あらまだ午前中よ。書類の受け渡しだけ?。」 「書類は郵送したが、口答で確認が必要だった。」 その言いようは釘をさしに来たというふうにしか聞こえない。 シルビアは軽く目をしばたたかせた。 強引に事を運ぶ姿勢が兵士だった彼にあることにだ。それとも意思の強さが無くてはガンダムなどに乗れないとするならば。 シルビアは目を伏せる。5月中に抱える訴訟の案件の一つだ。彼のような主体性が十分の一でも兵士達側にあればもう少し裁判も楽かもしれない。 「・・・シルビア・ノベンタ?。」 沈黙の理由を尋ねられる。 「私のクライアントを思うと、あなたがすごくキャリアに見えるわ。」 肩を竦めてシルビアは優しげに微笑んだ。 ヒイロはにこりともせず無表情のまま呟いた。 「・・・興味ない。」 英雄を名乗らないヒイロユイの性情には不愉快な言葉か。 「・・・行くのでしょう?。おじいさまのお墓に。」 忙しさにかまけて自分もしばらくぶりだ。 シルビアは静かに促した。 高台の墓場から、先ほどより少し遠くなった海を臨む。 白百合の花束を、彼は墓石に添えた。 いつ終わるともしれない長い戦争がついに終わって、 そして世界が変わったように、あれから自分は少し変わった。 シルビアはそっと呟く。 「一昨日・・おばあさまの元に大統領がお出ましになられたそうです。」 大統領という言葉にヒイロユイの反応を伺う。だが彼は表情を変えなかった。 「おばあさまが戦中あなたに宛てた手紙を、大統領に預けられていたそうですね。」 戦争終結のMOIIにいた大統領だから、ガンダムのパイロットと少なからずコンタクトがあったとしても不思議ではない。 どんなに取り繕っても戦争終結直後のMOIIでは英雄と女王だったはずだ。 「・・・兵士達の指標になる手紙だ。」 「・・・。」 「俺は聞いたからいい。これまでもこれからも彼女に預ける。」 「・・・。」 シルビアは祖母が言っていた大統領の言葉を思い出す。 『兵士が戦うことをやめて、その未来に何をすれば生きていけるのでしょうか。』 手紙を返しながら、大統領は少し寂しげに呟いたという。 戦争が長かった分だけ、 戦争で失った物が多いほど、 戦う事になってしまった兵士を悲しいと思う。 「・・・。」 優しかったおじいさま。 私にはおじいさまでしかなかったおじいさまは、地球側の人にもコロニー側の人にも連合の元帥だった。 シルビアはたむけられた白百合を見る。 贖うは、こちらもだった。 ソマリアのノベンタ砲。地上最大クラスの威力を誇る。 でも地上要塞など、巨大宇宙戦艦の前には時代遅れの産物だった。 そんなものをわざわざ作った連合のトップを愚かしいと思う。 そのトップは祖父だった。 しゃがみ込んで白百合に触れる。 「・・・・私、今、連合の一般兵の身元引受人をしているの。」 ヒイロユイが反応するのがわかる。振り返れば訝しげだった。 自分の罪はそのままにしているのに、ガンダムのパイロットにとっては気にかげずにはいられない他者ということか。 「身元保証が無ければ、裁判にも出られない。戦犯とされてしまったらそこで終わりで。何故なら実証が不可能だから。」 戦争の状況証拠などあろうはずがない。 「指揮系統の将校達は個人でしてもらうのだけど、その将校の指揮次第で一般兵の処遇に大きな差が出ているの。」 ヒイロユイは事務的に、でも憮然と言った。 「指揮官が責任を取れば一般兵は免罪となっているはずだが。」 その通りで、しかも戦争責任を問う裁判は行ってはならないことになっているから、さした大罪はかせられない。 ただそれすらも厭う指揮官もいる。 「そう。」 シルビアは目を伏せた。 「だから大指揮系統のノベンタの名前があればと思ったわ。」 「・・・。」 「祖父の名を、しかも亡くなった祖父の名を裁判にさらすのかと言われたわ。でもノベンタ砲のノベンタと言われるよりはいいの。」 南の海の愚かな要塞が思い浮かぶ。 「おじいさまは許してくださるわ。」 目の前の祖父の墓に向かって呟いた。 シルビアは立ち上がってヒイロに向き直る。 「アレキサンドリアにいるのね。」 「・・・。」 「いずれ気づかれるのはわかっていたはずよ。」 私自身も兵士の身請けで何度かアレキサンドリア入りしている。 生じた疑心は本心だ。 「もう一度私達の審判がいるの?。」 ヒイロユイは相変わらずそのままで。 その表情は余命を受け入れた人の心の湖面に似ている。 何も言わないのは疑心を肯定しているからだ。 「あなたにはもう必要の無い審判だわ。」 あの戦争での殺人を是としているのだから。 まして戦争を終わらせた張本人をどうやって殺せよう。 「アレキサンドリアに、どうしてきたの?。」 少し声音を強くしてみた。 ヒイロユイは呟いた。 「・・言った通りだ。今一度問うため。」 「何を?。」 言った通りと言われても、尋ねる。 今更殺し殺される関係と言うならそれはもはやテンプレートごときの綺麗ごとだと言いたい。 ヒイロユイはそのままの表情で、ただ言葉は模範解答ではなかった。 「この先の路の、たどり着く先を裁定するために。」 [12/01/11] 次に続くか、このあと足すかはまたちょい書いてからにします〜。 小説目次に戻る ← → |