カイロ・アレクサンドリア 6.Ionian Sea シルビアは目をつむる。一瞬だけ馳せたのは3年前。 深く息を吸って、目を開けて、首を傾いで、 「・・・。それなら、応えられるわ。」 微笑った。 「・・・。」 3年前の誠実な自分に、痛みが遠くなったと罪悪を感じながら、 只今、この時の、思いは。 風がそよぐ。 風が運ぶ。 「どうか、思うまま進んでいってください。」 唇に乗せた言葉は、彼に届いた。 ・・いずれ気づかれるだろうと思っていた。 アレキサンドリアを受け入れたのはーーー今一度問うため。 『戦エレバヨカッタ 戦場ヲ求メテイタダケ ソシテ最後ニハ死ネレバヨカッタ』 『この』先の路のたどり着く先を裁定するために。 「・・・。」 彼が生きていてくれて、よかった。 彼を殺さなくて、よかった。 裁定者というならば、彼のたどり着く先を見届けよう。 見届けたい。 我が一族は、 あなたが戦争の終わった時代に生きていることに感謝します。 シルビアはヒイロユイに会う前に祖父の墓を訪ねようとしてマルセイユ入りしたが、ヒイロユイに計らずしも会って、そのままシチリアにヒイロユイを案内した。 地中海を船で渡り、イオニアの海に入る頃には夕暮れを迎えた。 上弦の月はシチリア・イオニア海の水面を照らす。 ノベンタ夫人の私室に集まり、交わす言葉は戦争ではなく、アレキサンドリアの事。 それなら彼も言葉をくれるだろうと一族で示し合わせていた。 ノベンタ夫人はかつての手紙に、後の思いをしたためた手紙を重ね、手渡した。 あなたは戦争をした。 でもそのことより、今コロニーやアレキサンドリアでしていることがあなたに似合う。 ノベンタ夫人は微笑みながら囁いた。 戦争をして傷ついた者が、生まれるべき時代に生まれたと思うのは、至難なことです。 当人も周りも。 だから、あなたには安心させてもらいたい。 我らが裁定するあなたのこの先の路に、 贖罪と言う死は、無い。 3年前と違う見送りを背に、エントランスの階段を降りようとしたときだ。 ミセスノベンタと彼女の執事が声を震わせて急ぎ足で来る。 月は既に海に沈み、夜闇にライトを付けた車が一台、ロータリーに向かって走ってくる。 「・・・。」 やはり来た。 日付は伝えていない。今日の訪問を連絡もしていない。 ということはこのシシリーに人を置いていたか。 確か午後は南半球だったはずで、それだとしたらのこの時間か。 車がロータリーにたどり着いた。 ガードのジョーが運転席から降りて、ドアを開ける。 後部シートの彼女が足を降ろして、クリーム色のサテンのドレスが門扉のライトで閃いた。 「ミス・プレジデント・・。」 見送りの紳士が呟いた。 スッと降り立ったのは、地球圏の大統領。 リリーナ・ドーリアンがヒイロ・ユイをまっすぐに見上げていた。 位置がわかっていれば来れるとでも言うのだろう。 リリーナは涼しい顔でスカートの裾を持ち上げ一礼を寄越した。 「・・・。」 夫人の手紙を届けたことで、平素なら間に立ってもいいだろう。 が、大統領という肩書きは箔がありすぎる。 だが大統領という肩書きも俺のためなら傘に着るだろう。 この身を守る壁となるために。 リリーナがエントランスを登ってくる。 ノベンタ夫人に腰を落とし非礼を詫びた。 「突然の訪問、お許しください。今日はどうしてもお会いしたかったのです。」 何の力も無い、ただ身一つ、間にいれるだけ。 まるで立ちはだかるよう。 ノベンタ夫人は穏やかに微笑んでいた。 「手紙は・・大統領。あなたに預かってもらいたいとのことです。私からもお願い出来ますか?。」 「・・謹んで」 リリーナもまた微笑む。 「お引き受けいたします。」 ヒイロユイは息を潜める。 かつて南極でゼクスと無意味な決闘しているところに割って入って伝えたと聞いたら彼女のその勇気を賞賛するところだろうが、 「・・・。」 南極で、手紙の内容を伝えたあと、 ゼクスをかまわずに殺せと言ったのだ。 生きなさい。 生きるための障害ならかまわずに殺してでも生きなさい。 戦いは常に卑劣なものだと彼女は知っている。 兄が、教えた。 そして、命を奪い合う戦いならとっくに終わっている。 時代を先行して宣言したサンクキングダムの完全平和主義ではなく、到来した平和の維持の時代に、この手紙は、戦争をした過去を忘れ得ぬために、再び大統領が持つべきなのだ。 ガンダムのパイロットが生きるための手紙を。 ヒイロは手紙を胸のポケットから出した。 ノベンタ夫人に手渡す。 そして手紙はリリーナに手渡された。 「ありがとうございます。」 再び戻ってきた・・彼が生きていることを教えてくれた手紙が。 手紙の宛名をそっとなぞる。 ヒイロ・ユイ。 「・・・人々が未来にこれに共感し賛同することを願います。」 両掌でリリーナは大事そうにその重みを抱えた。 リムジンが空港への道を走っていた。リアウィンドウからは、遠く月光に揺れる海面が見える。 月光はまた正面に座るヒイロを影にしていた。 このまま空港まで行き、飛行機に乗せ、アレキサンドリアに向かうことになっている。 10日後カイロ会議のための実務者協議が行われているためだ。 その中でリリーナは火星開発の持論をメディアに強調する手はずになっている。 会議を牽制をするためだ。 得られた平和に浸り、懈怠を安穏としてはならない。 地球の人々の精神がコロニーの人々の精神に習い、『宇宙で戦闘は出来ない』という危機意識と、常に最善を環境を目指す姿勢を保ち、人々の安全への希求のベクトルを戦争状態で誰かを脅かすことで得られるものにしてはならないのだ。 自己保身は許されず、全ては後の人のためにこの時代があるのだということを。 大言だ、理想だと声がする。 だが、大統領が言葉にすべきはまさにそれなのだ。 煙たい者には煙たいはずだ。 私は貫き通す。 死ぬ覚悟なら出来ている。 ヒイロはシートに足を組んで座り、腕も組んで目を閉じていた。 表情を影にしなくても、読み取れるものではなかった。 改めて思いを強くする。 こうしてヒイロを呼んだあの方々を少しだけ羨んでもいる。彼らはある意味ヒイロを自由に出来るからだ。 絶対になさらないとわかっていても、こうして嫉妬している。 ヒイロは素敵な人だ。 もう隠しておくことは出来ない。 私のものだ。と言いたい。けれど、私が好きなだけなのだ。 そんなことばかり考えていた。 この頭はもっと有益なことを考えればいいのに。 ノベンタ夫人との融資、カイロ会議でのオブザーバー。 ・・・ヒイロユイを知るシルビア・ノベンタ。 この心は愚鈍な方へ向かう。 「ヒイロは指導者になれるのね。」 私とヒイロの間に禁句は無い。 「ここでは戦争犯罪人だ。」 「ここはシチリアですよ。」 リリーナは首を傾げて不思議がる。 「・・・・・・・。」 ヒイロは怪訝に眉を寄せた。 ここは要衝シチリア。 何が言いたいかわかる。 ローマ帝政を始めた奴と一緒にされる。 「・・・。」 そう簡単に王になれる。 リリーナが傅くだけでいい。 ジュリアスシーザーはそうやってエジプトを治めた。 女王は傀儡として地を治めた。 「俺を自爆させる気か?」 王になるなど。 「あなたがその気なら。」 王になるなら。 自爆するなら。 ヒイロは溜息をついて最初からの不動の姿勢のまま呟いた。 「・・・なるほど。王とは簡単になれるものだったんだな」 ヒイロユイは愚かじゃなかった。 ミス・プレジデントに触れもしなかった。 [13/3/6] ■火星を戦場にするなーっ。宇宙は素敵だ。開発に夢も希望も無いのは残酷だー。 ■追記もっとシンプルに書きたい・・。 小説目次に戻る ← → |