プロローグ

4.シェラネバダ






 リリーナを伴ってヒイロ・ユイが部屋に入ってくる。
 ドーリアン夫人は机から立ち上がった。
「今日はこれで暇とさせていただきます。」
 彼は丁寧な風だ。
「もう帰られるの?。」
「いずれまた伺わせていただだきます。今日は、これで」
「わかりました。」
 ドーリアン夫人は微笑んだ。
 ヒイロはリリーナからジャケットを受け取る。
 そしてここでいいと言った。
「・・・送りたいわ。」
「三日後にまた会える。」
「会ったうちに入らないもの。」
「・・そうだな。」
 そう言って、ヒイロは言い聞かせるようにリリーナの頬にキスをする。リリーナは不満顔だが頷いた。
 彼は踵を返して、部屋から出て行った。
 パーガンがいる。あの執事があとのことを計らってくれるだろう。
 それから休暇中は家族と過ごすように彼から常々言われていることだった。
「お母様・・彼を通していただいて、ありがとうございます。」
 リリーナがかしこまって一礼する。
 そして顔を上げてはにかんだ。
「嬉しかった。」
 そんなリリーナを眩しげに夫人は見た。
「あなたが元気になるならと思っただけ。私は彼に不快な思いをさせただけです。お礼ならパーガンに言いなさい。」
 それは謙遜だと思った。ヒイロは母こそ評価しただろう。
「たぶんヒイロさんにはしばらく不快な相手になると思いますが、老婆心だと聞き流すようあなたから言っておいてね。」
「お母様。」
 冗談を交えていうので、リリーナははにかみをいっそう濃くして真っ赤になる。
 ドーリアン夫人はやおら真面目な顔になって言った。
「・・・お父様はなんていうか考えていました。」
「・・・・なんておっしゃいますか?。」
 リリーナが尋ねる。
 夫人は首を横に振った。
「さあ、・・わかりません。ただ彼と話をさせてみたかったと思うのです。」
「・・・・。」
「そう思うからこそ私はヒイロさんを認めたいと思います。」
 そっとリリーナの髪を撫でた。







 リリーナが部屋から出て行った。パーガンに頼んで彼の車を見に行っている。
 夫人は机に再び座った。
 今後の予定について考えるためだ。
「・・・・。」
 だが驚く。顔を上げた先、ドアの内側に彼がいたのだ。
 こんこんと遅まきのノックをした。
「いつの間に。」 
「私はこういうこともできるということをあなたは知るべきだと思いました。」
 ヒイロ・ユイは先程と変わらぬ態度だった。
 表も裏も無い。彼は常に物事を一つ一つ徹底してこなしているだけだ。
 パーガンは彼を誠実だと言った。
「どうぞ警備を呼ばれてもかまいません。」
「・・・・・。」
 そう言われては呼べるものでもないだろうに。
「・・・そこではなんですから、入ってらっしゃい。」
「・・・。」
 ヒイロ・ユイは机の前まできた。
 リリーナを前にするとわずかでも出る表情が、今はここにはない。
 でもそれが彼がリリーナの傍にいる理由なのかもしれない、と、ふと思う。
 リリーナの感情のストレートさはあの兄に譲らないものがある。
「今のはあまり感心しませんが、本当にいろいろなことがお出来になりますね。」
 夫人は苦笑した。
 ヒイロは表情を返さず淡々として、臆面もない。
「・・・・これからリリーナの部屋に行きます。この家の主のあなたにはお断りをしておくべきだと判断したしだいです。」
「そうですか。」
 夫人はここまでくるといっそ真面目を通り過ぎて堅い。
「コロニーではよく会ってらっしゃるのでしょう?。娘の機嫌が良いのでよくわかります。なら今夜は淋しがっていることでしょう。」
「・・・・。」
「私のところなどに来ずに、傍にいてあげてください。」
 私達親子が親子でいられる時間が少ないように、今夜くらいは彼らが恋人である時間であってもいいはずだ。
「それでかまわないと?。」
「・・私はあなたがこういうことも出来るとわかっても、もはや感服するだけです。」
 彼が真にリリーナの相手に都合がいいか、大人である自分は打算してしまえる。
「あなたのするリリーナの恋人『役』は、ずいぶん様になっていると思いますよ。」
 ヒイロ・ユイはわずかにだが息を呑んだようだった。
 言い得ているのだろう。
「あなたのリリーナにする行為全てとは言いませんが、リリーナの大統領『役』にあまりにも相応しくて、あなたの故意を感じます。大統領になれば恋人は必要だと。」
 ドーリアン夫人はヒイロを慮るように微笑んだ。
 リリーナがあまりにも昔のままの娘のままで。
「世間は口さがないもの。恋人もいない人が人心を語る者にはなれない。・・・でもそれは本来の恋人同士の姿じゃないの。」
 本来はどんなものか、あえて言う必要はない。彼は既に『役』の方を実行しているのだから
「その役はあなたに任されました。よろしいですわね。4年間です。役を演じきってください。」









 車で来た彼は、そのままパーガンに使っていいと言い置いて呑気に歩いて帰っていったらしい。
 あとで見たら白のオープンカーだった。中の赤いシートがやたら目を引く。
「・・・楽しそうね。ヒイロ。」
 くすっとリリーナは笑った。この家の格式を臆するどころか、ダシにして遊んでいるとしか思えなかった。
 そっと車の白いボディに触れる。隣に乗るより乗ってみたくなる車だ。車の運転の練習をこれでさせてもらおうと心に誓う。
 リリーナは自室に戻った。
 もう21時だ。
 着替えて眠ることにする。
 気持ちはまるで時間を限定されたシンデレラのようだけれど彼が帰っていったのは自分を休ませるためだ。
 ぱたりと枕に顔を伏して、ベットに横たわる。
「(ここはコロニーじゃない)」
 こんな夜に温もりを与えてくれるヒイロの部屋ではない。
 昼間の嬉しさゆえに、一人で寝ているこの夜を幾分か淋しいと思った。
 首を横に向けてそっと窓を見る。月明かりがバルコニーを照らしている。
 あの月明かりを遠いと思う。地球と月は実際に遠い。
 本当に遠い。
 彼と過ごす日が。
 リリーナは目を伏せた。
 火星はもっと遠い。
 なんて遠い、と、もう一度窓を見て、ドキリとした。
 遠い。
 今はこの距離も。
 そっと音も立てずに窓を開けて入ってくる。
 来てくれる。
 この胸につかえていた強がりを彼が戻ってきてくれたことで押し流される。
 ベットが一つきしんで、彼が座った。
「泣いているのか?。」
 そっと手を伸ばす。涙を拭ってくれる。
 リリーナは微笑んだ。堰を切って溢れて止まらない。
「・・・嬉しいだけです。」
 頬に当てられた彼の手に自分の手を重ねる。
 彼が慮るように呟いた。
「・・・今夜はここにいる。」
 本当に今夜限りなのだろうけれど。
 それだけを言い置いて、あとは額にキスをして眦へと伝いゆく。
 リリーナは両手を伸ばした。
 今宵の月明かりを独り占めする。
 これは私のものだ。
「ヒイロ・・あなたが好き。」
 彼がする体裁とか彼が楽しんでいることとかも、本当は小賢しくてたまらないのかもしれない。そうすることで彼を慕う人が増えてしまう。
 嫌だ。
 彼は私のものだ。
「・・リリーナ。」
「あなたが好きよ。」
 仰のいて口付ける。
 その首にしなだれついて、まるで雛が口腔の餌を食むように、リリーナはヒイロの唇を貪った。


 ナイトドレスの裾から滑りでた白く細長い脚が目を奪う。
 月明かりで眩しい。
 触れたい。
 どんな俺も彼女は拒絶しない。
 自分のリリーナに対する思い以上に、それだけは自信があった。
 だが、その裾に手を伸ばして隠す。
 ヒイロは自制と理性というブレーキを全力でかける。
 セキュリティとクライアントが求め合う時間ほど敵襲に油断している時と思っていい。
 そしてリリーナもそこまでは求めていない。彼女の体はまだ少女のもので。
 少女のその高潔さは必要だった。 リリーナがいる環境は圧倒的に男が多い。その高潔さは負の要因を遠ざける。正常な男なら躊躇う。
 ・・・夫人には見抜かれた。
「・・・・。」
 男のにおいをつけたら最後だ。
 政府高官もジャーナリストも老若を問わず全ての男が彼女の背に女を感じることだろう。
 政治どころじゃなくなるのは目に見えていた。
 美しい彼女をそんな輪姦の脅威にさらすにわけにはいかない。
 ヒイロはキスを返す。
 甘く優しく、唇を食んだ。
 リリーナの両手が首から離れる。
 彼女の手が胸に当てられて仰のかれる前に、今度はヒイロが彼女を抱きしめた。
 拒絶するどころかどこまでも俺を求める心ごと。
 眠れるように覆いかぶさって耳元で囁く。
 靴も履いたまま。
「傍にいる。」
 リリーナがかすかに頷いた。
「・・・たとえいなくても。あなたは私の心にいつもいるの。」
 あなたが好きよと、いつまでも聞いていたい声と言葉が響いた。
「リリーナ。」
 深く口付ける。
 急く欲求から、早く火星に行きたいと思った。












 休暇が開けて、リリーナはコロニーに向かった。
 施政演説はコロニーなら全てだ。二週間の日程だった。そして今L2にいる。滞在は4日前からで、明後日の夕刻地球に戻ってくる予定だ。
 ヒイロはコロニーには行かなかった。ヒイロの任務はスナイパーを仕留めることにあるからだ。
 プリベンダーのユニフォーム姿でヒイロはコルシカの情報本部にいた。
「<お嬢さんなら元気にやってるぜ。>」
「・・・・おまえがついているのか?。」
「<だってその方がお嬢さんも安心だろ。>」
「任務か?。」
「<いや。デート>」
「・・・・。」
 ヒイロの目が剣呑につりあがる。
「<いいじゃんか。友達だし。俺達。>」
「真面目に答えろ。」
「<へいへい。ガードは姉さん達に任せている。メインはテロリストの捕獲。ただお嬢さんについてたほうがわいて出てくるもんな。>」
 L3とL4にいた。総勢24人。
 L1とL2は警戒して出てこなかった。L5は予想以上に規律と秩序があり今のところ確認されていない。
「・・・・・ヒルデは?。」
 デュオより、よほどまともな会話が出来る。
「おまえと同じ。余計なところには顔を出さねーよ。そのくせしっかり福祉活動に参加させてんだから。しかも表立っての関係者は別の奴になってるし。」
「・・・少しは休めたか?」
「<じゃねーの?。>」
 肩を竦めてにかっと笑う。よしちゃんと心配してんなと呟いた。
「<ま、そんなこんな。お嬢さんなら元気だ。元気よすぎるくらいだな。おまえ優しくしてやってんだなーって思うよ>」
「・・・。」
「<明後日地球帰るんだから迎えにぐらい来てやれよ。>」
「・・・・セキュリティとしてな。」
「<おまえなー、硬いこと言うなよ。>」
「事実だ。」
「<大事に送らせてもらうぜ。>
 それでモニターは消えた。
 ・・・・来るのか、とヒイロはモニターの映像の向こうに憮然とした。









 三日後。デュオはセキュリティを俺に任せて、欧州国際空港からすぐに、ジブラルタルに向かった。とっととテロリストの本拠を叩くためだ。
 五飛はトロワの元にいった。
 トロワが頃合と見て潜伏していた企業集団の正体をジャーナリズムの元に明らかにしたからだ。問題なのはその企業の要人を護衛する軍団がいて、それを壊滅に追い込むためだ。トロワだけでも何とかできるだろうが、五飛は向かった。
 ヒイロはイベリア半島の南西シェラネバダ山脈を望む小国にいた。
 もちろんリリーナの演説の護衛のためだ。
 この国は連合崩壊後復興した国の一つで、OZに認められ、そのOZが崩壊したのちも、市としてではなく国として今も存在していた。
 サンクキングダムはOZの体制の矢面に立って滅びたが、ここは小国で、民族的にこの地に執着するだけのOZに放って置かれた国だ。
 こういった国は地球上にたくさんある。
 閉鎖的であったり、民族的であることであったり、理由は様々である。
 小国が存在しているのは大した問題ではない。
 武器を真っ先に廃したこの国の精神も見習うべきだろう。
 ただこの国は少し封建的な問題があった。
 ここの国のトップは地主。国民は全て作料を払う農家だ。商業と市場は地主が独占している。
 最たる問題は言論統制が敷かれていることだ。
 物言えない国。
 外国人の入れない国。
 口さがないものは速効で国外退去だ。
 銃は持たないが、剣と腕力にモノを言わす集団が警察になっていた。
 リリーナは演説のため屋外ステージに入っていった。闘牛をするコロシアムにもなる場所だ。
 ジョーとセツの装備は短銃とナイフ一本に限定された。それについてクレームなど出来ない。
「不満なら外れろ。」
 グレースーツにブラウンのタイと紳士然とした格好なのに、友好的なムードなど相変わらず無い。
「・・ ・・・せめてサングラスぐらいかけられてはどうですか?。」
 セキュリティのことではなく、セツがぼそりと忠告する。
「・・・・・目立たなければ済むことだ。」
「・・・・。」
 あなたのどの辺が目立たないのか、とセツとジョーは心の中で思う。
「そうですか。」
 セツはそれ以上相手にしないでリリーナを追っていき、傍らについた。
 民間人とセキュリティと大統領の恋人を兼ねながら、それが表立ってこないのは、ひとえにコロニーと地球という物理的な距離のためだろうと思われた。
 あとはアクションが派手でそちらの印象が残り、顔まではっきり覚えさせない。又、その場から逃げることから、顔を横に向ける程度の動作まで、彼の顔を隠す方法は様々だった。
「私は聴衆のほうに回ります。」
 ジョーは肩を竦めるとやはりステージに向かい、壇上の下に降りる。
「・・・・。」
 ヒイロは胸のホルダーの細工とナイフを確かめ、銃の遊底を確かめ、いつものように背中に挟んだ。
 スナイパーはこの国に乗じて入ってくる。
 テロリスト本拠をデュオが押さえにかかっている。遊撃隊は逃げ場を失ったも同然だ。
 あとはつかまるだけ。
 今日だ。
 任務ならば今日の機会をおいて他はないと、俺ならば思う。




 ステージの演台のサイドに、衛兵が立つ。
 まるで中世の騎士団だ。
 正装なのだろうが奢侈さを感じさせた。
 聞けばこの国の地主の子息たちらしい。
「施政演説の前に、本日は、地球圏の外務次官として申し上げたいことがあります。」
 リリーナは言論統制の元、封じられている議論を取り上げる。
「土地を民に返還すること、。」
「言論の自由を保障すること。」
「拘束されているジャーナリストの解放。」
 リリーナは聴衆をまっすぐに見据えて一息に言った。
 扇動だ、越権行為だっ、と声が上がった。
 それも金で言わされている農民だというのも調査済みだ。
「この国で、今、疑問視されていることです。私は解決のためなら言葉を惜しみません。」
 ヒイロは聴衆を見渡した。
 いた。
 地球圏統一国家に組すると不都合が生じるこの国の事情をついて、テロリストがこの国を隠れ蓑にする。
「今後国内外で議論が進むことを望みます。」
 そこまで言ってセツがリリーナを引き寄せた。
 銃声がうなった。
 リリーナの頭部があった場所を弾丸が通り過ぎる。
 ヒイロは袖から騒然とする聴衆を見渡した。
「リリーナ様。避難を。」
「駄目です。私が動けば会場の皆さんが危険ですから。誘導が先です。」
「・・了解した。」
 冷たい声音が横から聞こえた。ゆっくりとした歩みでこちらに近づいてくる。
 声の主は呆然としている衛兵のサーベルを毟り取るように鞘ごと取った。
 その一連の行動は不遜で非礼すら感じさせるほどだった。
 そしてリリーナの右斜め前に立つ。
「・・っ。」
 まさかとガードについている全員が思った。
 そんなものでライフルの玉を防ぎきれるはずが無い。
 だがその刹那だった。
 リリーナの額に定まる狙撃点が明滅し、激しい銃声が轟いた。
 キインッ。
 ありえない音がした。
 ヒイロがサーベルを抜き放っていた。
 弾丸は天井へ。跳弾すら当てない。
 そう誰にも。
 その弾道を見切り、弾く方向すら自在。
 二発目、今度はセキュリティであるヒイロにだった。それも難なく弾く。
 三発目、四発目は連続だった。それも捌く。
 全て弾丸は天井の同じ場所に当たっていた。
 剣が、銃に勝る。
 中世の誇張でしかない剣技が、近現代以降今なおの主流の銃技に敵う。
 そんなことが目の前で現実に起こっていた。
 ヒイロの眼光が怜悧に光る。
 テロリストの位置がヒイロには見えていた。放たれた銃は旧式のものではなく新式のもので、手持ちの銃では届かない位置だ。
 視線が合う。
 狼狽しているのが見て取れた。
 口腔を動かして、テロリストに告げる。
 一歩後ろに下がれ、おまえは狙われている。
 テロリストが一歩下がった。
 別の方向から銃声が鳴った。
 テロリストが崩れ落ちるように座った。
 セツが動いた。
 小銃型のスリングショットでテグスの結ばれた分銅を飛ばす。
 糸はスリングショットから離れ、テロリストに絡みつく。

 ヒイロの眼差しが鋭くなる。
 そしてサーベルの構えを縦にした。
 別方向からの銃撃に、サーベルが叫声を上げて、柄が砕けた。

 ヒイロはわかっていたのかサーベルを捨てる。
「・・。」
 そしてセツとリリーナを抱えて、演台の下に隠れた。
 リリーナはヒイロのこの場の誰も見ていない眼差しを見つける。
「(ヒイロ・・怒ってる。)」
 見据えているのは敵。
「ライフル旧式型、確認。」
 胸のホルダーから、ケースを取り出す。ケースはあっさり分解され、背中から出した短銃に組み合わされる。
「それは何?。」
 リリーナは尋ねる。
「弾を加速させる。」
 彼は、まだそんな真似が出来る。
 ヒイロは、演台から体を出し、撃ち放った。
「それは二発目を撃つ銃じゃないっ。」
 オートマチック銃を続けざま3発。
 そしてそのままその短銃は爆発した。
 だが、肺を目掛けて縦に打ち抜いた感触を得る。
 ヒイロはそのまま演台のマイクを掴んだ。
「・・ニコル。向かいホテル6階4号室を調べろ。急げ。今なら手がかりくらいつかめる。」
 そして、ヒイロはステージから降りた。
 客は場外に避難した。
 駆けるヒイロをリリーナは追ってステージから降りる。
 コロシアムの天井桟敷。
 この国の警察集団に拘束されている男に向かう。
 混乱していた。錯乱に近いかもしれない。
 リリーナとセツが後ろから上がってくる。
「何故助けたっ。任務失敗は死だ。」
「なら勝手に死ね。その状態で死ぬ方法ならいくらでもある。人の手など借りるな。迷惑だ」
「・・・。」
 それは自爆男の台詞だろう。
「あんた・・誰なんだ。サーベルだなんて。」
「俺のことも、おまえのこともどうでもいい。おまえの飼い主について聞く。」
「・・。」
「歳は50くらいだな。」
 ハッとテロリストが目を見張った。
「知り合いか?。」
「それから自尊心の塊みたいな奴だろう?。」
「違う・・。何も言わない寡黙な方だ。」
「かもしれないな。元工作員ならば。だが元来の性格の話だ。」
 そしてこの子飼いの懐の収音マイクを探りつかみ出す。
 脆弱な機械音が耳に聞こえていた。
「おまえに大統領は殺せない。この俺がいる。」
 誰に言っているのかとその場の全員が思う。
「おまえは負けたんだ。」
 そして最後の言葉を言う。
「そして、詰めが甘い。」
 マイクを天高く放り投げる。
 爆発した。
 周りが息を呑んだ。
 気づかなければこの天井桟敷が吹き飛ぶほどだった。
 呆然とした視線がヒイロに集まる。
 だがそんな時も彼は余念無くスナイパーがいた方を見ていた。事前も事後も無い。距離を目測して相手の力量を推し量る。
「・・・20年経つのに自分の甘さに気づけないとは。」
「・・それはあなたが自分に厳しすぎるから。」
 リリーナが呟いた。
「自分以外の者にそれを強要するのはいかがかと思います。」
 右手を取った。
 サーベルと銃が砕かれたときの裂傷だった。
 リリーナはハンカチを取り出して縛る。
「・・・おまえが言うのか?。」
「私?。もちろんです。」
 リリーナは微笑んだ。
「甘やかされていると思いませんか?。」
 それこそ謙遜だと思った。
 ヒイロは見つめ返す。
「・・・・避難が完了した。今のうちに移動を。」
「・・わかりました。」
 憮然とした表情に、微笑で返して、リリーナは了承した。










[09/10/10]
■私なりのナイトヒイロ。

そういや、セツはフランス語で7。
ジョーは中国語で9。
あまり深い意味は無かったり。


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